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病の細道

 

第60回 旅の始まり (2002/04/01)

 

旅にでかけるたびに思う。今度の旅はどの時点から始まったのだろうか、と。

行きたいと思いついたときなのだろうか? チケットを申し込んだときだろうか? 仕事に折り合いをつけて休む準備をはじめたときだろうか? 押し入れからバッグを取り出し荷物をまとめ旅支度をはじめたときだろうか? それとも家のドアを閉めた瞬間だろうか? 

家を出てバスや電車など最初の乗りのもを待っているときにいつも何気なく思う。旅から戻ってふたたびこの地点に立つとき自分がどう変わり何を思うだろうか、と。同じところに立っても普段はそんことは思わない。しかし旅では、それがたとえ短くても、ふたたび戻ってきたときには前とは違った自分がそこにいることに気が付く。

今度の入院をするまで心臓に問題があると思ったことはなかった。それらしき痛みや息苦しさを感じることもなかった。だがいつのまにかバイパス手術を受けなければならないほどに症状は進んでいた。病はいつのまにか始まっていたのだ。医師によると、少なくとも10年ぐらい前から始まっていただろうという。

旅はいつもいつのまにか始まっている。これから1週間の旅路を経て、手術台という特別な乗り物に乗る。手術は全身麻酔をして、人工心肺を使い、心臓をいったん止めて行われる。

心臓を止める経験などそうそうできることではない。今度の旅はいままでのどんな経験をも超えた特別な旅だ。その旅はもう始まっている。ふたたび心臓が動き出し、目を開けたとき、世界はどのように見えるのだろうか? 自分はどう変わっているのだろうか?

今日はエイプリルフール。4月4日転院、4月9日手術、というのも何か冗談みたいだが、案外気に入っている。またこの病院の開院20周年。昼には特別料理が出た。そういえば何回目か忘れたが結婚記念日でもあった。


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