|
2000.3.31 (4日目)
高雄のホテルを10時にチェックアウトして銀行に両替に行った。台湾では両替は許可が必要なようで中級ホテルでは扱っていない。高雄のような大都市では歩いていればどこかに銀行があるからそう心配はいらないのだが、小さな町の場合トラベラーチェックなどではいろいろ面倒だったりする。円は直接台湾元に交換できるからドルを持ち歩く必要はないが、日本では元を円に交換できないのでどうしても小額ずつの両替になってしまう。このあたりの按配は多少の経験を必要とする。 もっとも台湾の場合は貧しい国と違って出国時に円へ再交換できるからまだいい。台湾は現在では外貨準備高世界4位(だったと思う)だから台湾元自体が通貨としては世界に通用してもよいはずだが、やはり国として特殊な立場にあるせいかこの点では気の毒な気がする。そういえば返還前の香港なんかも同じだった。台湾元はドルにリンクされているようでドル交換できる外国通貨は元に両替できる。レートボードにはユーロもあった。ちなみに台湾では店などでは元を$と書いているところがある。ホテル一泊1000$などと表記されていることもあり最初は面食った。 昨日メールを送信させてもらった店に寄りまたメールを送らせてもらった。回線状態は昨日よりもよく24Kで通信している感じだった。時間とすれば2分ぐらいのものだが国際電話なのでとりあえず100元を置いてきた。昨日は20元でいいといってくれたが少々きがひけて50元はらった。確かに市内通話は3分間1元だから20元でも高いのかもしれないが、あちこちで断られ半分あきらめかけていたメール送信をさせてもらえた親切がとてもうれしかった。旅を終わってみると台湾から直接メールできたのはここだけだったということになるかもしれない。それを思うと100元でも安い気がした。 11時15分発の急行で台東にむかう。距離は百数十Kmだが3時間以上かかる。台北と高雄のような幹線にくらべたらずいぶん遅い。高雄のあたりは広い平野で町が続く。やはり大きな都市だ。やがて郊外にでて気がつくと単線になっていた。反対方向からくる列車とすれちがうために時々駅で待ち合わせをしている。これではスピードが上がらないはずだ。 一時間半ぐらい平野に田んぼや果樹園が続く。稲ほは30センチ以上は成長している。ヤシの林のあいだにはさまざまな種類の果樹がうえられて、池ではアヒルがかわれている。こうした光景はいままでとずいぶん違いこの土地の豊かさを感じさせる。とりあえず何かの種を播きさえすれば育ってしまうのではないか。小さいころ遠足などハレの日にしか食べられなかった憧れの台湾バナナもこのへんで育ったのだろうか。潮州を過ぎて海がみえるころになるとやたら養殖池が多くなった。たぶん日本に輸出するウナギを養殖しているのではないか。 やがて山と海が近くなり、列車は高度を上げ出した。海が下のほうに見えるようになった。鉄道は台湾の南端までいかず、山をぬけて東側に出る。途中には長いトンネルが何本も続き、たまに表にでてもまったくの山中だ。これでは簡単に複線にすることもできない。時間をかけて南端を通るルートが考えられてもよさそうだが、やはり西と東をすこしでも早くむすびたかったのだろう。この鉄道は日本の統治時代に開発されたから軍事目的もあったかもしれない。当時の技術で台湾の厳しい山に挑むにはここまで迂回して南下しないとならなかったのかもしれない。 東側つまり太平洋側にでると列車は海岸線をはしる。山がそのまま海におちているので平坦なところはなく線路も斜面の高いところに敷かれていて見晴らしがすばらしい。ただ傾斜がきついために珊瑚などがなく海の色が乏しいのが残念だ。しかし駅もなく割と直線が続くので列車は案外スピードをだしているので、ちょっとしたジェットコースター気分があじわえる。 台東に近ずくまでにはときどき開けたところにでて村があり小さな駅もあるが、やっとへばりついて生活しているという感じで急行は当然停まらない。台東のすこし手前の知本あたりから平野がひらけてくる。台東は台湾東南部最大の都市で12万人が暮らしている。終点の駅は台東新駅になっていて街の中心にある台東駅まではバスでいかなければならない。古い台東駅はホームが短く長い列車は停車できないのかもしれない。 街はそれほど大きくはないがコンパクトにまとまっていて分かりやすい。どの路地に立ってもホテルがみえるくらいホテルはたくさんある。肉や魚介類、野菜、果物などを売る店が中心にかたまっていて落着いたなかにも活気が感じられる。とりわけ魚介類と果物の豊富さには驚かされる。だが残念ながらパソコンショップはみつけられなかった。本屋に行くと子供向けの英語学習ソフトなどやゲームも置いてあるからまったくないという訳でもないかもしれないが、インターネットに関しては全然マダという雰囲気だ。 今日は列車で簡単な駅弁を食べただけだったのでちゃんとした食事をしようと食堂をさがした。あいにく時間がわるいせいかどこも休憩状態で屋台ですらお客はいなかったが、県庁のとなりにある食堂のかんばんに粥の字をみつけのぞいてみた。ショーケースのなかには肉や腸、イカ、えび、魚などに混じって黒い蛙が並んでいた。台湾では食材を指定すると調理してくれるのだが出来上がりの見本や写真がないのでどんなになるのか見当もつかない。そのうえ定番メニュー以外は値段も書いていないので注文するには覚悟がいる。 なんか気持ち悪そうなので蛙は遠慮して、海鮮粥と牛めしのほかに素材でイカと腸を頼んだ。イカや腸は独特のタレで野菜といためたものだった。どれもうまい。とりわけ海鮮粥はこれまでの台湾で一番だ。熱くたっぷりとした汁のなかに海老や貝、魚の切り身などがごはんのうえに品よくのっている。味は薄味だがしっかりしている。イカや腸も美味。これならばとおもわず蛙を追加注文。 やがてでてきたのは腸などと同様に蛙をばらしていためたものだった。しかしなんとなく原型をとどめている大きさで、風太は先に食べろと手をださない。色が黒いのもすこしグロテスクなのだが小鳥みたいな格好なので何となく合点がいった。胸の部分を食べてみた。イヤな味はしないがとても骨っほく食べるところは少ない。やせた鳥みたいだ。だがかすかな甘味があり結構いける。先に注文した料理で腹はいっぱいになっていたが風太とあらそって食べた。帰りにいくつか同じような店をのぞいてみたが蛙をおいているところはなかった。全部で900元したから蛙がけっこう高かったのかもしれない。
|