タイ・バンコク (5)
彼は長期の旅行に備えかなりの量の薬を持ってきていました。それまでの3年に渡る旅行の体験から、必要と思える薬を日本出発前に友人の医者に頼んで、十分な量を用意してきたと言うことです。
一人分には十分でも、村単位になるといくら離島で人数が少ないと行っても一ヶ月も持ちません。病人が来れば薬ないと言って追い返すわけにもいきません。 幸いまだ金はあります。彼はどうしたかというと、デンパサールへ薬の買い出しに出掛けたのです。少なくはない額の旅行資金が消えていきました。
その薬も買い出しから一ヶ月過ぎた頃に底をつき始めました。お金を払ってくれる人は少数です。ほとんどの人は魚だとか農産物だとか自分の職業に応じた物を持ってきます。現物さえ持ってこれない人もかなりいます。そういう人は感謝の笑顔だけ。「後できっと」と但し書きは常につくわけですけども。あっけらかんとした彼らの笑顔は心の仁丹にはなりました。
家賃はただ、だし食料も患者が持ってくる物でほとんどまかなえました。考えようによっては良い旅なのかもしれません。このまま半年ほど居着いてもいいかとも思ったのですが、半年もいたら多分バンコクくらいまでは行けるけどそこからは日本へ帰るしかなくなりそうです。
まだインドもいってないし、ネパールもまだ、中近東も通りたいし、アフリカもほとんど旅行してません。一旦日本へ帰ったら今度は旅行に出掛けるのに最低2年間は昼夜問わず働いてやっと必要な最低線の額が貯まるくらいです。
どうしようか悩んでるうちまた二週間近くが経ちました。数年前から旅行者が職業みたいになってた彼も、人から頼られて尊敬されるのも悪くはないなと思い始めました。薬は節約して使っていたのですが、文字通りゼロになりました。
2度目のデンパサールへの買い出しです。行きの船の中で考えました、デンパサールでも考えました。このまま村に帰らなくとも俺が悪い訳じゃない。俺芸術家だし。
薬買って帰る船の中でも考えました。考えても結論出ません。居るか、去るか。彼が決めなければならない問題です。
「それで、島に帰って3日間で引き継ぎして出てきたのよ。」
はー、とため息つきながら坂田さんコーヒーを飲みました。
「悪いかなとは思ったけど、俺の予算も目一杯だし。インドもいきたいし。」
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