トラベルメイト Top pageへ
トラベルメイト田森君は西へ

<<前のページ  次のページ>>

田森くんは西へ vol.152

 

タイ・バンコク (4)

 

坂田さんは話し好きでした。最初は私ら4人自分たちの体験も話そうと思っていたのですが、彼の体験話に圧倒され、何もしゃべることがなくなってしまいまし た。もう一人の歯並びの悪い悪人面の人は松原さんといい、こちらもそれなりに旅行続けているようなのですが、坂田さんの話に合わせて笑うだけで詳しい彼の旅行コースなどは解りませんでした。  

坂田さん日本出てからもう3年ほどになるようで、一番長かったのはパリ、それからヨーロッパ一周、アフリカ北部のエジプト、モロッコは回ったそうで、次に大西洋越えてニューヨーク、ここから数ヶ月かけてアメリカ旅行ロスから一旦日本へ帰っておとなしくしている予定が、3ヶ月ほどでどうにも我慢できず、アメリカで稼いだ金がまだあったので香港へ、そこの安宿でバリ島の話を聞いてイン ドネシアへ、でバリ島に2週間ほどいたのですがここもどうもしっくりこないので近くの島へ船で渡りそこではまりそこでも数ヶ月滞在。  

それが今から2ヶ月ほど前の話。元々彼は何者かというと、彫刻を専門としていたとのこと。パリへもその線で勉強しに行ったようで、二回目日本出るときも彫刻刀とか砥石等の仕事用品一式をかついで出たそうです。ところがバリ島から小島へ移動して何日も経たないうち台風が連続して襲ってきて、村が高波でやられ命は助かったのだけども、用品一式は流されて海の藻屑。  

でもそれがかえって良かったようで、作品作る重圧から解放され、台風の復興の大工仕事手伝ううちすっかり村の一員として受け入れてもらえたそうです。元々手先器用でしたから重宝がられ、毎日どこかからお呼びがかかる状態だったそうです。  

近所の子供がある日高熱に犯され、たまたま日本から持っていった抗生物質が劇的に効き、一転大工からドクターに早変わり。頼まれれば嫌とは言えない性格、しかも離島で今までここの住人は医療行為等という物をいっさい受けたことのない人達がほとんど。そういうところでは、薬は強烈な効果を生み出します。  

彼が見立てが良くて処理が正確なのではなく、この島の細菌が耐性菌ではない古典的な素直な細菌だったことがその効果を生みだしたのでしょうが、島の村人にとってはそんなことはどうだっていいことで、日本から腕のいい医者が来てくれたと思われたのです。

<<前のページ  次のページ>>

↑ページ最上部


E-mail:mail@travelmate.org
これは Travel mateのミラーサイトです。
ページ編集・作成:@nifty ワールドフォーラム