vol.113 タイ・バンコク (02)
私が話しかけた親父さん、英語が全然できない様子でした。もう一度指で窓の外を指しながら聞きました。
「バンコック?」
「ノーノー、XXXXX。」
親父さんなにやら地名らしきものを言いましたが、聞き取れませんでした。まあ、この際バンコックでないならどこだって一緒です。
バスが止まったのは小さな集落でした。道沿いに屋台が並び、奥の方の小さなレストランにはバスの乗客が何人か座っています。屋台の上にはケロシンランプがしゅーしゅー音を立てて白い光を放ち、レストランは天井からアルミの笠をかぶった電球がぶら下がっています。たぶんその明るさからして40Wくらいのものでしょう。
数時間バスに揺られ続けた頭と体は、バスから降りてもふわふわと空中を歩いてる気分でした。聴覚も少し異常をきたしており、頭の中に10000hzの信号が鳴り響いている状態でした。それはそれでなかなか気持ちのいいものではありました。
「自分腹へらへん。」
中村に聞きました。目の前の屋台は鶏の手羽を焼いて売ってました。どうも唐辛子のたれを付けて焼いてるらしく、真っ赤な焼き上がりです。においも辛そうではありますが香ばしい香りがします。
「うまそうですね、辛いですかね?」
「いやー、いけるんちゃう。なんぼやろね。」
「ハウマッチ?」
屋台のおじさん外人が苦手のようです。めー白黒させて言葉に詰まっていまし たが、すぐ手羽にたれ塗っていた子供を呼びました。タイでは子供が夜遅くまで働いています。こういう長距離バスの停留所の屋台など特に子供が戦力のようです。屋台で商売してる人だって全員が外向的な人とは限りません。そう言うとき
子供はすぐ言葉を覚えるし、親が駄目な所は決まって子供が賢そうな顔をしています。
「ツーバー」
「なに!ツーバー?タッケー。」
中村が素っ頓狂な声を出しました。
「そやねー、坊主高いんとちゃうんか」
ぼうず、困った顔をしています。大阪弁わかってはいませんが雰囲気は伝わっ たようです。正直そうな奴です。ぼってはいないようですが、手羽ですよ手羽、腿ならまだしも手羽ですよ。ここバンコックじゃないしね。
彼は私ら2人を個々に指さし、手羽を四個新聞紙の袋に載せてぐっと私の目の前に突き出しました。えっ、手羽一個2Bじゃないんだ、一人分二個、合計四個
で2Bなんだ。なら高くはない。
「オッケー、オッケー」
私このガキ好きです。即決です。2バーツ払って手羽包んでもらいました。
「ディスイズ、フォーユー。」
ポケットから2バーツ取り出すときに、ちょうど50サタンの硬貨がありました。2バーツは親父に渡したのですが、50サタンは坊主に差し出しました。
坊主ちょっと困った顔をして、親父の方をちらっと見ました。親父ここぞとばかりに重々しく頷きました。 てっ、かっこつけんじゃねーよ!さっきわしら英語で話しかけたときはおどおどしていたぞ。子供の方がインターナショナルじゃん。
「ええか、スタデイな、ノートブック、アンドペン。」
「エッ、ヘッ、ヘッ」
坊主はうれしそうに、ズボンのポケットにお金突っ込んで自分の持ち場に戻りました。50サタンと言えば、私らの子供の頃は5円と言うところでしょうか。
五円もらったらたぶん紙芝居に使ってしまったでしょう。水飴付のやつ、確か3円くらいでした。タイにも紙芝居などあるのでしょうか。
「先輩、いい所あるじゃないですか?」
「たまにはな、大阪じゃ、善行の田森ですわ。おだいじん、おだいじん。」
「じゃあな、坊主英語勉強しろよな。スタデイ、アンド、スタデイな」
いいながら背中に冷や汗が流れました。私はバイトばっかりで、勉強なんかしてません。今もぷらぷらしてるわけですから。
手羽はなかなかの味でした。その辛さは数時間シェイクされた頭と体を現実の世界に戻してくれました。
バスはそれから数時間また走り、夜が明ける頃バンコックのバス停に到着しま した。久々のバンコックは、大阪より都会に見えるほど大きな都市に見えました。
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