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「トラベルメイト98」
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【 旅行業で喰うひとびと(11) 】
<パットさん一人でヨットでアメリカへ>
パットさん一家が日本で暮らしはじめてから一年が過ぎようとしていました。彼の友人が太平洋を島伝いに沖縄までヨットでやって来ました。ちょうど沖縄まで来たとき、本国のアメリカで用事ができたらしく、船をそのままおいていくことになりました。
文字どおりパットさんにとっては渡りに舟です。アメリカに行くのに飛行機で行くのもあんまり気が進まないと思っているときでした。さっそく安く譲ってもらうことにしました。当然島伝いとはいえ太平洋を横断してきたわけですから、かなり修理が必要です。普通ならここで何百万かかかるところですが、彼は本職です。あの地下足袋を履きながら沖縄でヨットを直してしまいました。
ただ、修理の人件費はかからなくとも、部品の代金は必要ですし、いざアメリカへ出発ともなると食料はいる、無線はいる、燃料だって、医薬品だって必要です。スポンサーをつけるにせよ自分で稼ぐにせよ、一年くらいの準備期間は必要です。いろいろ考えた末、コースは北海道からアリューシャンの島伝いにアラスカへ向かうことになりました。
船は東京か伊豆に係留するのが一番なのですが、係留費がばかになりません。そこで、東京出発の四〇日くらい前に沖縄からヨットを持ってくることにしました。準備は着々と進んでいましたが、困ったことが起こってしまいました。マドカさんのおなかがだんだん膨らんできてしまったのです。最初は少し太ったかなくらいでしたが、どう計算してもヨットで出発するときには六カ月から七カ月くらいにはなってしまいます。
同僚A「どうすんだよ。ヨットでアラスカっていうのも危ない話だよ。中止にし
たらまだヨットは沖縄だし、売っちゃえばいいじゃない」
マドカ「せっかく家族でヨットで遊ぶつもりなのに、それも惜しいしね。さらし
でおなか巻いちゃえば、姉貴にも、母親にもばれないかな」
A「あと一カ月はもつとしても結局ばれるよ、やめたら」
マドカ「まあ、沖縄からヨットを持ってくるだけ持ってくるわ」
強い人たちでした。三人プラス、ハーフは沖縄までいったん飛行機で飛んで、ヨットに乗り換えて一路東京をめざしました。つわりはもう収まっていたのですが、おなかはもう満タン、胃も上へかなり押し上げられた状態だったので、日頃船には強い体質でも、もうゲロゲロです。せっかく漁船にもらった新鮮な魚も、パットさんとウミちゃんが刺身にして食べているのに、本人は海に「まき餌」をばらまくしかない状態でした。
途中、もうアラスカへ行かなくともいいくらいの出来事が何回も起こりました。霧の中、のんびりしてたら突然大型船が現れ、危うく衝突しそうになったり。……伊豆沖で出会った大型ヨットのオーナーから今年はアラスカ行きをやめて日本で子供を産み、パットさんにはその間ヨットの修理と改造をしてもらえないかと一日がかりで口説かれたり。ギャラはちょっと魅力的だし、マリーナ近くの彼の別荘にその間ずーっと滞在してくれと申し出もあったりで、ちょっと考え込んでしまいました。
でも初志貫徹ということで、とうとう東京湾の夢の島のヨットの係留地点まで来てしまいました。もうこの頃になると、マドカさんのおなかはいくらさらしを巻いても隠しようがありません。家族にもばれてしまい、大騒動になりました。本人はやる気十分だし、アラスカに到着して一カ月半後くらいが予定日なので計算上は問題ないと言い張ったのですが、多勢に無勢、パットさん一人だけで出発することになりました。
その後、パットさんは無事アラスカに到着して、先に飛行機で飛んで待っていた家族と現地で合流。その後すぐアラスカの寒村でマドカさんは急に産気づき、救急車で病院に運ばれ無事男の子を出産、現在カリフォルニアのさる温泉の近くで暮らしています。
さてヨットはどうしたんでしょうか。アラスカからカナダのバンクーバー近くまで持ってきたのは知っているのですが、そこで売っちゃったんでしょうか、あるいは友人に貸したのでしょうか、どこかのマリーナか港につないであるのでしょうか。そういえば最近来た手紙にもヨットのことは何も書いてありませんでした。彼らにとっては、飛行機に乗るのも、バスに乗るのも、ヨットに乗るのも、同じレベルの話なんでしょう。
同じ旅行を手配してもらうにも、こういうぶっとんでる人に手配してもらったほうが面白いと思いませんか。
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