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トラベルメイトトラベルメイト98

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「トラベルメイト98」
  1. 【 旅行業で喰うひとびと(7) 】


  2. お客様、残念でした

     年は二〇歳になったばかりでしたが、どうも下町のおかみさん風の妙に老けた感じの人でした。事務所で同僚としてやっていくにはなかなか面白いし、人のよさが体全体からにじみ出ているような気分のいい明るい性格でした。ただ残念なのは、仕事の理解度と早さがどうもうまくいかない。ちょっととろいところもありましたが、人のよさでカバーかなという感じではありました。

     彼女が担当したお客さん、込んでるシーズンであることもあってなかなかOKが取れません。彼女には同僚もアドバイスを早め早めにするようにしていました。

    同僚「こんだけOK取れないときは、早めに日程変更してもらうか、ほかの航空
       会社も当たるようお客さんに伝えたほうがいいよ」

    藤井「わかった。そう伝えてみる」

     彼女お客さんに電話をして、きちんと伝えようとするのですが、まだ席が取れないのがどうも悪くて、はっきり言うことができません。

    藤井「お客様、せっかくもらってる予約ですが、まだ取れません。申し訳ないで
       すが、もっと頼んでみますから、もうちょっとお待ちください。それで相
       談なのですが、申し訳ないですが、ほかの航空会社も少し当たってみても
       いいでしょうか」

    お客さん「せっかく今まで待ったんだから、ほかを当たるというより今の分でが
         んばってみてくださいよ。それとも全然取れる見込みがないんですか」

    藤井「いや、まだまだチャンスはありますので、がんばってみます」

     どうしても取りにくいときには、お客さんが希望しなくともリスクを分散させる意味でほかの手だてを取っておくほうが賢明です。もしどこも取れなかったとき、そのときあわてても手遅れになることが多いからです。藤井さん、まだ取れないという負い目もあってお客さんをどうしても説得できません、そのうちどんどん時間は過ぎていきます。とうとう出発一週間を切ってしまいました。

    お客さん「まだ取れないの。努力するって言うからずっと待ってたのに。……ほ
         かの航空会社でもいいから当たってみてよ。この際だからしょうがな
         いよ」

     藤井さん、やっとお客さんがほかの航空会社を当たってもいいという許可が出たので、電話をあちこちかけはじめましたが、出発一週間前ではもう遅すぎます。どこも取れません。

     同僚にも相談したんですが、誰に相談しても返事は一緒。「だから言っただろう。もっと早く、ほかの手段を取っていればこんなことにならなかったのに」

     出発の五日前になっても、席は取れません。もう待ったなしです。その日は、朝からお客さんの電話を何回も回しました。でもどうしても、相手が出るまで待てないのです。相手の電話が一回鳴るともう受話器を置いてしまいます。何回ダイヤルしたでしょうか。やっとお昼過ぎになって、相手にかける決心がつきました。「誠心誠意説明すればきっとわかってくれる」。のどがからからになりながら、今度は相手の電話のコールが数回なるまで待てました。

    藤井「田中さんですか、藤井です。お客様、残念ですが今回は取れませんでした。   またの機会にお願いします」

    田中「何、この野郎、今回は残念ですがだと、宝くじがはずれたんじゃねーんだ   ぞ」

     藤井さんはいい人だし、精いっぱい彼女なりに努力はしたのですが、決断するのが遅すぎました。
     案外旅行会社でこのタイプの人は多いのです。ピークシーズンでなければこのタイプの人はお客さん思いの良い面がでてなかなか人気があったりします。

     そうそう、最初の題名は「大中小」でした。藤井さんは番外でした。後大田さんのエピソードが残っていますが、大田さんはほとんどトラブルのない人でした。かといって全然面白くない人だったのかというとそうでもなく、休みが取れると、(と言うより休みを取って)シルクロードとか、ナイロビとかあちこち旅行し倒した人でした。

     趣味は旅行だけではなく、踊りから詩吟などの渋いものもかなりの年月続けておりそのおかげでしょうか、机に向かって仕事する姿も背筋に一本筋が入ってるくらいしゃんとした決まったものでした。

     だめなものはだめとはっきり言える人でした。彼女の担当でのトラブルは少ないですがいったんトラブルの発生したときはその処理の速さと的確さは「ウム」と言うしかないものがありました。

     で有りますので、エピソードは大変書くにくいのです。とっぽい失敗が一番文章にしやすいわけですから、こういうとっぽくない目から鼻に抜けるような人はエピソードを書くのではなく、一言付け加えて置くしか表現方法がありません。

    「旅行業界にも、とっぽい人ばかりでなく、ちゃんとした大田さんみたいな人もいます、こういう人に当たれば流行は成功したも同然です」 

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