トラベルメイト Top page へ戻る

トラベルメイトトラベルメイト98

<<前のページ     次のページ>>

「トラベルメイト98」
  1. 【 旅行業で喰うひとびと(6) 】


  2. ○ああそうでしたか

     中田ショックが冷めやらぬまま、相変わらずお客さんは多く猫の手も借りたいほどでした。スタッフの友人に旅行の仕事をしたい人がいるという情報が入ってきました。今度は曲がりなりにも紹介ですから、募集と違って少しは確実かなとみんな思いました。

     某有名アナウンサーがガンの手術をしたことでも有名なM外科に看護婦さんで何年か勤めていたとのことでした。昔から旅行関係の仕事は興味があっていつかしてみたかったと言うことなので3カ月の試用期間をとにかく取って仕事が本人に合うのかやってみようと言うことになりました。名前はパンピーの君の一字違い小田さんです。一抹の不安は覚えましたが。今度は紹介者も直接知ってるわけではなく知り合いの友人と言う程度ではありましたが、電話を取ってくれる人がいるだけでもありがたい状態だったのでお願いすることになりました。

     一ヶ月目は大して重要なことも、複雑なことも頼まずひたすら郵送物の整理とかカードの書き込みくらいの単純作業のみやってもらったのでつつがなく過ぎました。外見はちょっとくたびれた感じの化粧気なしのおばさんでしたが、中田君に比べれば、形と意味の会話がないだけまだましでした。働き始めてから2カ月目に入り、カードに書き込んであるお客さんに、自分で出発の案内と請求書を出すぐらいできるだろうと、

    「小田さん、出発案内は今まで通りのやり方で、請求書は出発の1カ月前の日付までに入金と言うことにしておいてくれればいいから」と言うと

    「解ってます。今まで出発案内は何回も出しているから大丈夫」と言う頼もしい返事。こりゃ大丈夫かなと思って再チェックはしませんでした。

     数日後、事務所に直接お金を持ってきた人の領収書をつくってると、小田さんに頼んだ人の領収書の控えがでてきました

    「小田さん、あの2〜3日前に頼んだお客さんもうお金持ってきたの」

    小田「いいえ、まだですよ、頼まれた請求書送っただけですが。」

    「だって小田さん、領収書が発行してあるけどお金をもらったということなんでしょ。」

    小田さん「請求書送っただけです。」

    「請求書ってここにあるのは領収書ですけど、請求書と領収書の両方を一度に発行したの。」

    小田さん「いいえ、言われたとおりに請求書を送りましたよ。」

    「小田さん、これ領収書ですよ。お金ももらってないのに領収書を送ったの?」

    小田さん「違います、言われたとおり請求書を送ったんです。」

    「小田さん、ちょっと聞きたいんだけど、領収書と請求書の違いって解るよね。 お金をもらうときに送るのはまずどっち」

    小田さん「エーと、今青木さんが持っているそれでしょ」

    青木さん「これはね、領収書です。お金をもらったときに引き替えに渡すもので     す。」

    小畑さん「ああ、そうでしたか」

     おい、おい、領収書と請求書の違いから一般常識を教えねばならないかとみんなクラークなりました。でもまだ猫の手よりは「そうでしたか」と言ってもらえるだけでもありがたいくらい忙しかったのです。

     別の日のことです。カウンターでお客さんと応対していました。事務所はFEN(米軍の極東放送)を付けっぱなしにしてましたので、たまにノリのいいディスコミュージックがかかることもありました。

     東欧のビザの申請書をチェックしてるときです後ろで誰かが音楽に合わせて踊ってるのです、時たま「ふふん」と言う鼻歌も混じっています。後ろを振り向くと、あの小田さんが白髪混じりの化粧気のない三つ編みの髪で踊ってるのです。

    「小田さん、なにしてるの、自分の机に座っててくださいよ」

    「いえ、東欧のビザは初めてですから勉強になりますから、見てていいですか」

     お客さんはと言えば体が固まっていますし、視線は小田さんを見ないように下を向いています。そりゃそうです、カウンターで旅行会社の人とビザの手続きをしてたら、係員の後ろから、突然鼻歌混じりの白髪のおばさんが現れ、こちらをじっとみながら音楽に合わせて踊り始めたとしたらびっくりしてしまいます。

     お客さんが帰った後、青木さん小田さんに「あのね、私ねあんまりいろいろのこと気にしない方だけどね、今日はね常識って言葉使いたいわ。お客さんいるときに後ろに起たないでよそんなの常識でしょ」

    小田さん「すみません、でも珍しいビザだったので、勉強になると思って。」

    青木「でも後ろで踊ることないじゃない、お客さんびっくりして帰っちゃった 
       よ。」

    小畑「ああそうでしたか。」

     あのね、そりゃあ旅行の仕事は、外科と違って生きるの死ぬのの騒ぎはないですよ、デモだからと言って、空港で出発時間を1時間ぐらい間違えたり、集合場所を北と南間違えても結局間に合えばいいじゃないと言う考えでやられちゃーこまるんですよ。でもあんた、何回かは薬とか注射間違えてない。その都度、「ああそうでしたか」でかたずけてない?
     と言いたい位なんかよく解らない人でした。紹介者に、友達だろ何とかしろよと言っても彼ももう逃げ腰です。「友達の知り合いだからほとんど赤の他人だよ、かたちとしてはまだだけど、そう言う意味だったらまだ悪い方じゃないと思うな。」

    「けっ、そうでしたか」

<<前のページ     次のページ>>



↑ページ最上部