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「トラベルメイト95」
- 【二人の松本君】
ポカラにてかったるくなってきた、五ヶ月目くらいの松本君と、当初の六十日の日程をほぼ予定通り負えて意気揚々と帰っていく松本君、どっちに転ぶかはオオタカムンドのある夜の決断でした。強いて言えばもう一つの選択もあります。五ヶ月目の松本君、もう一度力を振り絞って、日本から二千ドルくらい送金して貰ってさらにヨーロッパの方へバスにて出発する事もできます。そうなると本格的にどっかでの沈没コースにはまりこむことになります。
日程とか途中の体験談で言えば、五ヶ月目の松本君は「ゴーゴーアジア」の蔵前氏の体験に似てきています。まあそこそこのエピソードがあって、病気にもかかり沢山の安宿に泊まり安宿社会にしがみついて生きている現地の人達とも知り合って、長期旅行者もそれなりに知り合いになって、でも気分はもうかったるくなってきています。毎日が同じくり返しで、一カ所にいる限りでは今日も明日も明後日もほとんど変わらないメンバーに変わらない食事、たまに迷い込んでくる初心者を餌に少し遊ぶけどそれもほんの一瞬の遊び。
「これが旅と言うことなのだろうか。ぼくはそれまで自分の持っていた”旅”に対する考え方が一挙に変わっていくのを感じた。ぼくの知っている旅とは、観光であり、見聞であった。見物し、写真を撮り、思い出を作ればそれでよい物であった。だが、彼らの旅は、対決であり、埋没であり、放浪であった。」
これらは蔵前氏が自著の「ゴーゴーアジア」のなかの一番最後の章の“ホテルアジアへようこそ”のなかで語っている言葉ですが、どうも五ヶ月猛暑と雨期のインドネパールを旅行した松本君にはとうていしゃべれない言葉のようです。一言で言えば“何もなし、かったるさが先の、雨のポカラかな”。むしろ期間とか日程体力を計算して残したまま帰ることになった六十日の松本君の考えに似ています。
六十日の松本君はまだまだ元気です。その旅行の内容と言い、期間と言い、「ゴーゴーアジア」にはまだほど遠いのに気分がハイで言葉によってる状態は良く似ています。”この六十日、我が人生最大の、転機かな”て感じですかね。多分ほとんどの人が、十分なお金と六十日くらいの日程をっもってのんびり旅行したら、無事に終りそうな旅行であれば、旅行最終日あたりには、ランナーズハイ、ならぬ、トラベラーズハイの状態になっています。「ウオー、放浪だ、沈没だ、埋没だ、矢でも鉄砲でも持ってこい、私は貧乏一人旅を成し遂げたんだ、たった六十日間だったけども」。ほとんどの人は帰国してからレイノルズ数が数倍グレイドアップしたように思えます。でも本当にレイノルズ数があがっているのは五ヶ月の松本君の方です。本人はかったるいだけで、旅行に出てはたして良かったのか悪かったのか良く判断できない状態でしょうが。
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