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入門講座理論編ー(43)
どうでしたか。長すぎて読むのが面倒でしたでしょう。簡単に図式化してみます。
*旅行者が一万人いるとして
*観光客9900人を分類すると
残念ながらほとんどの人は、7000人の一般的な「純粋観光客」に入ると思われます。かなりガンガン頑張って「情報通」の端に引っかかる程度です。前に2000万円の法則というのを書きましたが、このくらいマニアックにやって情報通のかなり上部からマニアの下部という位置でしょう。後、オタクの上の方に位置するには才能とセンスが要求されます。こればかりは、4000万かけても一億海外旅行に使ってもダメな人はダメです。
じゃあ、通常私たちが旅行に出るのに参考にする本とか映画とかその他の芸術作品で旅行に関連したものを作った人達はどの部分に生息するかというと、大御所の「アランパーカー」「ギンズバーグ」「小田実」等は−−「旅行者の理解者」にはいるとして「蔵前仁一」「下川祐治」「小林紀晴」等は−−「情報通」の中に分類される人たちです。
「オタク」の中に入る人達は、「藤原新也」「前川健一」あたりでしょうか?
オタクはオタクであり得る理由によって、一般の人受けは決してしません。細部にこだわりがあるからです。ですから「オタク」の中から一般的に理解しやすいものはそうは出てきません。彼らは理解しやすいようにかみ砕くより、理解のスピードをもっと上げることに専念するからです。自分がまず解ればいいことであって、人に理解しやすいようにかみ砕くことは二の次だからです。
「旅行者の理解者」は見るだけ読むだけのものを作っても悪くはありません。純粋に楽しむだけのものであるからです。同じ事をやろうとするには覚悟と才能がいることぐらい誰にだって解ります。ほとんどの場合実用書としては皆さん読んだり見たりしないでしょう。
ところが「マニア」とか「情報通」の作ったものは、特に「情報通」の作ったものはほとんどの場合実用書かそう誤解するように作ってあります。
「私は特別の人ではない、あなたとほとんど変わらない....。」
「なんてリッチな貧乏旅行...。初心者にも...リピーターにも」
彼らは自分がどこの場所にいるかくらいは十分自覚しています。だからより人数の少ない希少価値のある「マニア」とか「旅行者の理解者」とか場合によっては「小乗仏教的旅行者」にあこがれます。自分が立っている足下を見つめるのではなく、希少価値のある方を見上げます。
普通の観光客のように、海外旅行自体が消費で終わってしまうことはありません。十分か不十分かは別にして、旅行に行くことが生産活動でもある立場です。足下の実用的な現実を伝えるより、見上げた先の事を砂糖をかけて一見分かりやすくすることが多分今自分が属している生業のうまいやり方だと理解します。
商品売るには世の中の半歩先を行けばいいといわれます。大多数の人にちょっと背伸びすれば手に入りそうなものを目の前にぶら下げるということなのですが、実際消費者の立場にしたらこれほどきついことはありません。
もし本当に目の前にぶら下がっているものががぶっと食べられれば、他の人より一歩抜き出て優越感に浸れ人生が充実してるように思えるでしょう。しかも異端とされ村八分にされることもありません。何せ、10年早かったり、時代の先駆けではなく「半歩」先なのですから。
でも、これってまさしくドッグレースのラビットではありませんか。スタートして必死で走っても、追いつけません。鼻先を機械仕掛けのうさぎの匂いつけた「ラビット」がもうちょっとのところを走っていくのです。
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