第12回 おなら (2002/01/05)
快食、快眠、快便、世界中どこへ行っても何でも食べられる、というのが自慢だった。ところがチベットで高山病にやられて以来胃の調子がすっかりおかしくなってしまった。
糖尿病の特徴のひとつとして下痢になりやすくなる、というのがあるが本当にそうだ。毎日下痢がつづくこともある。下痢のやっかいなところはトイレの回数が多くなること、尿意がくると抑えて
いられなくなることだ。トイレが近くにあればいいのだが、無いと大変だ。
どうして下痢になりやすくなるのかよくわからないが、自分の場合は下痢ばかりではなくおならもよく出るようになった。おならは胃のなかで食べたものが発酵しガスが発生してできる。いつもガスができるというわけでもないから何かそうなる条件のようなものがあるのだろう。
以前、河川の汚れがひどかったころ、黒ずんだヘドロからメタンガスが噴出していた。きっと胃のなかもそんな状態なのだと思う。消化のわるいものを食べ過ぎ、貧弱な胃の処理能力をこえてしまって滞留しヘドロ化してガスが発生するのではないか。そういえば入院してからは食事がいいせいか下痢やおならはあまり出ない。やはり食べ物のせいなのだろうか。
おならは下痢と違ってどこでもできるからいくぶん気が楽だ。しかし回りの迷惑になるしやはりどこでもというわけにはいかない。
一番やっかいなのが飛行機にのったときだ。隣に妙齢の女性でもいればなおのこと、おならを連発することははばかれる。飛行機という環境はまことに苛酷だ。座席は窮屈だし、窓側だったらトイレにも行きずらい。それと離着陸時の気圧の変化がおならにはつらいのだ。おなかの中のガスが気圧の変化で膨張して腹がはってしまうのだ。加えて離着陸時は席を立つことも許されずもう拷問にちかい。
空を飛ぶということは人間の果てしない夢だった。自由の象徴でもあった。ライト兄弟の初飛行以来50年、一般の人を運ぶ旅客機が就航する。飛行機にのることはあこがれだった。しかし60
年代に入りハイジャックが頻発するようになるとのどかな時代は終わってしまった。
セキュリティ検査がはじまり禁止事項が増えていった。いまでは名前を言わされ、荷物を厳密に調べられ、場合によっては身体検査までされる。飛行機に搭乗すると、携帯はダメ、離着陸時の電子機器の使用はダメ、タバコはダメ、常時ベルトはしていろ、もう禁止ばかりだ。「ハイジャック」と冗談をいっただけでも逮捕される。スチワーデスは笑顔でこちらを監視している。
これにおならの苦痛が加わる。エコノミー症候群といって、エコノミーの狭い座席に座りつづけ降りるときに立ったとたん発作で死亡する人もいるという。これでは飛行機に乗ることは拷問をうけに監獄に入るのと同じではないか。最近、自分は飛行機に乗ることを「入所」、降りることを「出所」ということにしているが冗談ばかりでもない。
飛行機は現代を象徴する乗り物だ。科学技術を結集して製造され、早くて便利で世界中どこへでも簡単に行けるようになった。
しかし一方で安全やテロの影響でがんじがらめの不自由な乗り物にもなってしまった。誠にパラドックスだが、自由と便利さを求める現代文明は、その結果として、牢獄のように息苦しくなってし
まった。
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