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田森くんは西へ Index page へ

vol.003 '70 大阪万国博 (3)

それやこれやで人気のあるパビリオン以外はだいたい回りました。

人気があるところは並んで待たなくてはいけませんからまずパスです。アフリカの聞いたこともないような国のパビリオンとかアジアのパビリオンは、2月3月はがらーんとしてスタッフの方が目立つ様な状態でしたから半日もあれば何件も回れました。

この頃は私たちも海外に関しては純情そのものでした。各パビリオンには最低一人か2人本国からの係員がいます、その人たちのサイン入りパンフレット集めが一次はやりました。集めたからどうだってものではありませんが、マジックでなんやわけのわからんサインがあるとそれだけで有り難かったです。

私「ソーリー」

何が「ソーリー」なのかわかりませんが大阪弁の「すんまへんなー」を直訳するとそうなるわけで。

私「プリーズサイン、ディス、パンフレット」

最初の頃は、皆怪訝そうな顔をして「ホワット」、まずパンフレット自体が通じませんでした。手に持って指さしながら話すから通じるようなもので、「ブローシャー」と言うのが本来みたいです。次の何でそんなものに、映画スターでもあるまいに、一般人の自分がサインしなければならないのか理解できなかったようです。

私「スーベニア、スーベニア」

おみやげという単語はどういう訳か知っていました。それを言うと、訳の分かったようなわからん様な顔で「ハ、ハッン」でOKでした。

私らがサインをもらうので並んでいると、他のお客さんも並び始めます。いっときパンフにサインをもらうのが万博で流行ったのは私たちが原因です。 
これも一ヶ月くらい続けていると飽きてきます。しかし各パビリオンを回ってるうちに外人に話しかけるのも少
しづつなれてきました。

ある日改札に座ってると、外人のおばちゃんが地図を持ってうろうろしていました。

私「ウエアー、アー、ユー、ゴーイング」

おばちゃん「ナンジャラ、カンジャラ、フォン、フォン、フォン」

英語でないことだけはわかりました。多分フランス語ではないかと見当がつきました。私こう見えても第2外国語はフランス語をとっていました。

私「ウ、アレ、ブ、(どこへ行きますか)」

とたんにおばさん顔がぱっと明るくなって、「フォン、フォン、フォン、フォン」(ごめんなさい私にはこうとしか聞き取れなかったのです)そんな言われても、わかりません。

私「オンリー、パレブー(話せますか)、フランセ、ジャポネ、AND、ウ、アレ、ブ」

もうちょっといけました

私「ジュ、スイ、チュウワ、イラ、エラ、ヌーザボン、ブウザベ、イルゾン、エルゾン」

おばちゃん「ハッ、ハッ、ハッ」

おばさんも、大阪万博の駅の改札口で、BE動詞の活用を聞かされるとは思ってなかったのでしょう。この程度には外人さんには慣れましたです。