「旅行記」
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リロとハツキの自転車旅行

 

VOL.59 インド(57) コラム インドのコーヒー

北インドでお茶といえば香辛料の入った甘いミルクティーをさし、これをチャイと呼ぶ。チャイ屋の店先では牛乳が大鍋でグラグラ煮えている横を牛がゆっくりと通り過ぎる。  私は南インドの食堂で、外国人旅行者が「チャイください」と注文するのをよくみかけた。しかし、南インドにはチャイはなく、かわりにティーと呼ぶ同じような甘いミルクティがある。こちらは紅茶に砂糖とミルクを混ぜたごくふつうの味だ。チャイと同じ物を期待していた人はがっかりするかもしれない。  

コーヒーのとれる南インドでふだんお茶屋で飲むものといえば、ミルクコーヒーだ。旅行者にとっては、香辛料の効いたチャイのほうが印象深いかも知れない。けれども、店のおやじがコーヒーを混ぜるところは、ちょっとしたみものなのだ。  

まず、大きめのカップに人数分のコーヒーをいれ、それに砂糖とミルクを混ぜ合わせる。その時、ふつうならスプーンでカラカラとかきまわすところを、ここではもう一つの容器にうつしかえて混ぜ合わせるのだ。グラスでのむコーヒーはこうすることによって適度に冷やされ飲みやすくなる。 

このコーヒー混ぜのみどころはその二つの入れ物の距離にある。ふつうは胸のあたりで構えて注ぎ始め、もう一方のカップを持つ手を腰の当たりまですーっと下げ、中身がなくなる前にすばやく胸の位置まで戻す。 ジャージョボジョボ、ジャージョボジョボ。 この動作を二回もすると、カップのコーヒーは細かく泡だち、とてもマイルドな味にしあがる。うまい人は腹の位置で構え、両手を器用に上下に動かして一メートルくらい離す。これをすばやく何度も繰り返す様子をみていると、カップからカップへ移動するコーヒーはもはや液体ではなく、伸び縮みするゴムのように見えてくる。  

南インドでは、お茶屋でひと休みしながら、このコーヒー混ぜのパフォーマンスを見物するのが楽しい。いろいろなところでお茶屋に入ったが、一番見応えがあったのは、ケララのトリバンドラムで入ったコーヒーショップだった。  

店に入ると、コーヒーを混ぜる音が聞こえてくる。しかし店内の雰囲気がいつもと違う。回りを見渡すと、客の視線がカウンターの中に集中していた。見ると店の主人は大きなカップを持った両手を高々ともちあげ、さらにかかとを浮かして背伸びをしているところだった。まるでテニスの選手がサーブを打つ瞬間のようだ。 ザージョボジョボジョボッ。 頭上のカップから注がれたコーヒーが滝のように落下する。受け手のカップが落ちる液体に合わせてすーっと膝のあたりまでさがる。落差があるので受けるときに勢いあまってコーヒーがはねてしまう。この衝撃をやわらげるために、かれは受ける瞬間にカップを地面の位置まですっと下げる。

店にはいってくる客は足をとめて彼のわざに見入っている。インド人にとっては見慣れた光景だろうと思われたが、なかには口をあけ目をまるくしてあきれた表情のひともいる。その様子と似たような光景をどこかでみた思いがした。それは私たちが田舎の村にいったとき、彼らが私たちに投げかける好奇のまなざしだった。

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