VOL.58
インド(56) 資料 バッグについて
私たちは今回の旅行を通して、自転車の次に重要な道具はバッグであると痛感した。日本を出発して最初にインドに向かった時の装備は、日本製のキャンピング車にキャンバス地の四角いサイドバッグだった。このバッグがインド旅行で大きな負担になるとは、その時はもちろん思わなかった。その問題はバッグの着脱に時間がかかるということだ。
サイドバッグは四隅をキャリアの枠にベルトでとりつけるようになっている。この四つのベルトを締めるのにどうしても一分以上かかってしまうのだ。壁にたてかけた自転車の向きを変えながら、リヤの二つのサイドバッグとハンドルのフロントバッグをとりつけ、荷台にはインドで買ったバッグをゴム紐でくくりつけと十分近く要した。宿に入るとき、一人が外した荷物を部屋に運びいれる役をすると、二台分で二〇分もかかってしまう。街中の人通りの多いところで、荷物の付け外しをする事は、できれば避けたいことだ。インドでは、初めの数分間で見物の人だかりができはじめ、その人だかりを見た人がさらに集まってくる。ツーリストが立ち寄る事もないような田舎の町で、野次馬の好奇の視線の中、荷物を一つ一つ外していくときは非常に緊張させられる。レーサーパンツをはいて足をあらわにした格好は、私だけでなく女のはぽさんも同じだ。
その地域の宗教によっては、そんな出で立ちの異邦人を不愉快に思うことも考えられる。そういう状況でも、はじめて会う人々とのコミュニケーションを、ないがしろにするわけにはいかない。だから、一日の走行を終えてくたびれていても、笑顔をたやさず話しかけることは、彼らの不安を解く意味でも必要なことだ。もっとも心配な事は、泥棒に目をつけられることだ。東洋人の二人連れが自転車で来て、あそこの宿に泊まっているという情報は、あっというまに町中に広まってしまうものだ。そういうことも含めて人前での作業は最小限度にしたい。
そのためには、バッグはどうしてもフック式を選ばざるをえない。これならワンツースリーの三秒で簡単に取り外しができる。実は、わたしは出発前にフック式を買うか従来のものを選ぶか悩んだ。フック式がよいのはわかっていたが、倍以上もする値段に手がでず、結局旧式の四点止めを購入することになった。
ところがイボンヌらと一緒に走るようになると、このバッグの難点がさらに表にでてきた。毎朝、私たちは自分達のバッグを付け終わるまで、彼らを待たさなければならなかったのだ。ちなみに彼らのバッグは、カリモールというメーカーのフック式で、四つのバッグを取り付けるのにものの一分もかからない。さらに、思わぬところで前進をはばまれた。私たちのサイドバッグは、荷台の両側にとりつけられた四角い枠にベルトでつけるようになっている。その枠は、後ろからみるとハの字に広がっている。ホテルの部屋に荷物をいれるとき、パトリックは荷物を自転車につけたまま一気に運びいれた。理由はさきにのべた通りだ。わたしもそうしようと思ったが、車輪の両側の荷物の張りだしが大きく、これが部屋の入り口や狭い階段につかえて通れない事がたびたびあった。結局、荷物をはずすことになり、再び彼らの手をかりることになった。
タイではインドのような見物人に取り囲まれることはなかった。しかし荷物が増えたため日本から送ってもらったバッグを追加し、五バッグのフル装備となった。その結果、一日に脱着するベルトの本数は、朝と夕で三八本、一人で二台こなすとなんと七六本ものベルトのつけはずしをしなければならなかった。
私たちは旅を続けるうちに、移動で使う体力よりもこうした作業でつかう労力のほうが負担に思うようになった。それからというもの、大きな町に到着するたびに、私たちは観光そっちのけでバッグをさがすようになった。バンコク、シンガポール、クアラルンプルと、喧噪のるつぼの中を自転車で探してまわるのは、容易な事ではなかった。ところが残念ながら、ほとんどのプロショップはツーリング用のバッグを扱っていなかった。
私たちのバッグを求める旅は、ついにオーストラリアのシドニーで幕をとじた。雑誌の広告を頼りに行った店で、オーストラリア製のカリモールよりも丈夫そうなものをみつけ、大喜びで二人分の注文をした。その後都心のクレランス通りに巨大なプロショップをみつけ、そこで私たちオートリーベというドイツ製のバッグと対面した。それはロックのついたフック式で、水の中に放り込んでも大丈夫という完全防水のバッグだった。値段は他の物より高めだったが、それでも日本製と比べるとずいぶん安い。結局、私たちはその店で、ドイツ製のバッグ八個とブラックバーン製のツーリング用キャリアを購入した。もちろん最初に行った店には電話で丁重におことわりした。
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