「旅行記」
トラベルメイト
監修・編集

リロとハツキの自転車旅行

 

VOL.54 インド(52) カルカッタ (1) IR 94/03/17

目をさまして下の段を覗くと、みんなはすでに身支度を終えて、椅子に座っていた。あわてて起きてシュラフカバーをたたむ。車窓からはカルカッタの街がみえる。それから数分後、列車はゆっくりとハウラー駅にすべりこんだ。  

ホームに荷物をおろすと、私とパトリックは人混みをかき分け、荷物車の方へ走った。列車の編成がとても長く、行けども行けども見えてこない。パトリックがこちらに戻ってきた。

「荷物車が見あたらない。逆に探してしまったようだ」

私達は乗客でごったがえすホームを、ふたたび泳ぐようにして戻った。私はカルカッタの予想通りの幕開けに、なんだか愉快な気分になってきた。自転車は幸い壊れることもなく、今回の汽車の移動は大成功で終えることができた。  

さっそくホームで荷物を自転車にとりつける。こんなとき、彼らのフック式のサイドバッグは、ワンタッチで片手で自転車に取り付けることができるので、一分とかからない。私達のは四カ所をベルトで留める旧式のものだったので、どんなに急いでも一〇分以上彼らを待たせてしまう。こういうホームの雑踏にあっては、数分でもとても長いロスタイムだ。私はバンコクに行ったら、何はともあれバッグを買い替えようと思った。  

準備を終えた私達四人は、サドルにまたがりペダルに足をいれた。

「レッツ、ゴウ」

めざすはカルカッタの安宿が集中するサダルストリート。距離は数キロだが、はたして一〇〇〇万の人間がうごめくなか、無事にたどりつけるのだろうかと思いがよぎる。  駅をでて右におれると、すぐにハウラー橋にかかる。この橋は一日に五七〇〇〇台もの車両が通過する世界でもっとも交通量の多い橋として知られている。ここを通る自転車や人の数をいれると、想像もつかない混雑ぶりにちがいない。私はこの道を渡って道路の左側にいけるだろうかと思っていた。しかし予想に反して、早朝のハウラー橋はフーグリー川の朝もやにつつまれて、ときおり車の流れが切れるほどすいていた。橋を越え右にカーブすると、道は南にあるカルカッタ公園へと続く。このあたりはさすがに交通量は多い。しかし車線を縫うように走るタクシーと人で鈴なりになったバスをのぞけば、それほど混沌としているわけではなく、けっこうスムーズにながれている。ここはギアをかえて車と同じスピードで走ったほうが安全だ。 「ブロロロー」 耳慣れないエンジンの音にふりかえると、カナダの国旗をはためかして一二〇〇ccのオートバイにまたがった白人の女性がこちらをみている。サングラスの向こうに見える目が涼しげにほほえんでいる。ダッシュとブレーキで忙しいこちらとしては、残念ながら挨拶を返す余裕がない。  

街の様子は一〇年前の印象と違った。  
道端にひからびた干物のように横たわっている人がいない。ゴミが一箇所に掃き寄せられている。風景の中からあの手垢で黒光りしたインド特有のエネルギーが失せたような感じがする。通りがこぎれいに見えるのは、私達が貧しい田舎の村を旅してきたから、そう感じるのだろうか。  

当時カルカッタといえば、初めてインドを訪れた人がカルチャーショックを受ける所として話題に事欠かなかった。空港から街へいくバスの車窓からは、通りの両側は、路上生活者の群れが延々と続いた。インドの乞食は、将来食べて行けるように赤ん坊の腕や足をわざと不具にするなどという話もどこかの本でよんだ。 宿の前で両足のない乞食にバクシーシを求められ、そのかっと見開いた目に圧倒されたこともあった。

「今はすっかりきれいになったそうですよ。なんでもインディラガンジー首相が乞食を汽車やトラックに乗せて、デカン高原に捨てちゃったという話です」

こんな悪い冗談のような話を私達は出発前にインドに詳しい人から聞かされていた。私はこざっぱりした通りを眺めながら、それはまんざら冗談ではなさそうだと思った。  

チョーロンギ通りを南下し、博物館があるサダルストリートを左にはいると、そこには昔歩いた風景がそのままあった。頭にターバンを巻いたシク教徒のタクシー運転手は、相変わらず同じ格好で昼寝しているし、道端の水道で小さな女の子が食器の皿を洗う光景も一〇年前とかわらない。ただ時間が早いせいか、物売りの姿がみえない。  

私達は一足先にマドラスを発ったマンフレッドとアントニアとおちあうために、待ち合わせのサルベーションアーミーの前に自転車をとめた。彼らには今日私達が泊まる部屋を予約してもらうことになっている。

「やあ、おはよう。汽車の旅はどうだった」

約束どおり、マンフレッドが建物からでてきた。私達との待ち合わせのために朝から待機していたらしい。

「コンパートメントがとれてよかったわ」
イボンヌが答える。

「ここはあいにく満室。かわりにパラゴンに部屋を三つ確保してある」

私達は角を右におれたところにあるホテルパラゴンの門をくぐった。

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