「旅行記」
トラベルメイト
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リロとハツキの自転車旅行

 

VOL.52 インド(50) 南インド旅の終わり (1) IR 94/03/11

九四年三月一一日、私たちは人口五四〇万の大都市マドラスに到着した。ゴアからペダルをふむこと一八〇〇キロ、私達の南インドの旅は終わった。  

マドラスの宿さがしは、容易ではなかった。何軒か満室で断られたあと、サルベーションアーミーの六人部屋を四人で借り切ることでようやくベッドを得ることができた。ここはYMCAやユースホステルにならぶ公営の宿泊施設だ。ツーリストだけでなくインドの学生も滞在している。  

荷物を運びいれる段になって問題がおこった。ここでは自転車を部屋にいれてはならないというのだ。私はカルワールの宿の三階で、自転車の綱引きをしたのを想いだした。ともかく、大都会にあっては自転車はなんとしても部屋に置きたい。これに納得できないパトリックは、エグモンド駅近くまで宿を探しにいったが、どこも満室で部屋をみつけることができなかった。イボンヌはこの部屋に昨日まで滞在していたツーリストと話をしているうちに、自分達が言われた部屋代が不当に高いことを知った。公営とはいっても、ちゃんとしたレシートをださない限り、本当の所はわかったものではない。彼女はさっそく係りの人にクレームをつけ、料金を昨日と同じ値段にもどさせた。パトリックはここの館長と会い、自転車を部屋におけるよう事情を説明した。年長者同士の風格のある会話をきいて、私はこれで許可が降りるだろうと思ったが、結果はダメ。

「信じられないわ。ここはサルベーションアーミーよ」

部屋代のことで憤満やるかたないイボンヌは、ガイドをもって街へ出て行った。我々はあきらめて、入り口のポーチに自転車をおくことにした。みるとそこにはすでに二台のツーリング車がおいてあった。自転車のサイズからみて、白人の大男の二人組と思われた。

「やあ、はじめまして。ぼくはマンフレッド、彼女はアントニア」

その夜、私達は自転車の持ち主と対面した。ドイツから来た彼らは、鉄道もつかって南インドの西から東へ旅したという。ドイツでは出版関係の仕事をしていたという彼は、長身でいかにもやさしそうな人柄をしている。いっぽうアントニアのほうはどちらかというと、気丈で押しの強そうなタイプ。旅行中のカップルは、女性のほうがパワフルな場合が多いのは気のせいか。その夜は彼らの体験談で大いに盛り上がった。  

翌日、私達二人は今後の計画をねった。出発前にたてた計画では、南インドを海岸にそってぐるっと回ったあと、マドラスから内陸へ向かい、バンガロールまで足をのばすことも考えていた。しかし数カ月のインド生活で、私はもともと五七キロしかない体重をさらに数キロ落としていた。とくに自転車を荷物ごと担いでホテルの三階まで上げたりすると、筋力の衰えがめだった。  

インドの食生活では、食堂のミールズをどんなにおかわりしたところで、サイクリストに必要なエネルギーを補うことはできない。私はインドに長く滞在したカップルと何回も会ったが、たいてい男の方がやせて体力を落としていた。抵抗力まで落ちてしまうと、肝炎にかかるのは時間の問題だ。男性にとってインドは、女性が感じているよりきびしい環境のようだ。  

「私は大丈夫」という葉月も、出発前に比べて頬がこけている。走るための体力はあっても、万一病気したときの抵抗力は、出発前に比べて落ちていると見てまちがいない。私達がここまで腹一つこわさず来れたのは、ラッキーだったのかもしれない。  

私は体重を取り戻すことを第一優先に考え、タイを次のステップにすることを提案した。タイを走るには時期としても悪くないし、なんといっても世界のハブといわれるバンコクからならどこへ行くにも安いチケットが手に入る。  

私達の当初の計画では、インド旅行の次の予定を空白にしておいた。いったん帰国することも念頭にいれておいたのは、なんらかのトラブルを計算にいれてのことだ。幸い健康にも自転車にも支障はなく、帰国する必要はなくなった。それになによりも、すっかりインドの物価に慣れてしまった私達にとって、往復の飛行機代は、途方もなく高額な出費にかわってしまったのだ。かりに病気で入院する必要があったとしても、日本での生活費と高い医療費を心配するまえに、やはりバンコクの病院をさがすことになっただろうと思う。  

バンガロール行きを希望していた葉月は、私の提案に同意した。内心は不服だったに違いないが、私自身が体力に疑問を感じているのだから、ここは選択の余地がないとはいえる。ヴァルカラ以来、私達は四人の力を十分に活かした旅をしてきた。走るときは風の抵抗を減らし、その他の作業でも四人の共同作業が絶大な効果を発揮した。再び二人だけの旅に戻るとすると、人数が減った分自由きままな旅ができるが、体力の必要な場面では、いままでの二倍から四倍のエネルギーが必要になる。片方が病気になった場合も考え合わせると、今の私の体力ではとても十分とはいえなかった。

 

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