「旅行記」
トラベルメイト
監修・編集

リロとハツキの自転車旅行

 

VOL.36 インド(34) 恐怖のヒートストローク 2

ヴァルカラを出て五〇キロほど走った頃に、クィーロンとタミルナードゥ州を東西に結ぶ通りに出た。ここまでは車も少なく、のどかな田舎道を楽しんで走ることができた。これから走る道は幹線道路というほどではないが、トラックなどの交通は少なくない。道路端には屋根に砂ぼこりをかぶった一軒の茶屋があり、私たちはここで一息いれることにした。  

店の客は、見慣れない白人と東洋人の突然の来店に、驚きと好奇心を隠せないようすだ。店の前にとめた自転車には、はやくも人だかりができた。

「私が自転車を見てるから、あなたたちは奥に座るといいわ」
イヴォンヌはそういうとミルクティーのグラスを持って通りに面した椅子にすわった。パトリックはいつもの調子で店の主人とおしゃべりを始めた。まわりにいる客も、いつしか彼のユーモアたっぷりの話を楽しんでいる様子だ。  

二人で走っていた頃は、途中で店に入ることはほとんどなかった。自転車の荷物を心配したり、群衆の視線にさらされることに疲れていたからだ。私は脳味噌にしみるような甘いミルクティーをすすりながら、四人で走ることにして良かったと思った。  

お茶屋で休んでいる時、私は軽い頭痛と吐き気を覚えた。走っているときは気がつかなかったが、そういえば気力もいまひとつわかない。私はふだんから頭痛には縁がないので、体に何か異変がおこったに違いないと思った。ここから先、道は峠に向かって登り坂が続く。よりによってこんな日にと思う。登り坂で汗を流せば、本来の調子に戻れるに違いないと言い聞かせて走ることにした。  

休憩を終えてしばらく走ると、道はしだいに登り坂になってきた。私たちはこれまでの一列走行をやめ、峠まで各自のペースで走ることにした。低速では風よけのメリットがないし、坂を登るペースは人によって違うからだ。  

私は痩せて筋肉の少ない体型だが、どちらかというと力仕事の峠越えが好きだ。 ひとふみするごとに、山の気配に包まれていく感じは、平地ではあじわえない楽しみがある。森の空気を胸いっぱいに吸い込めば、体も生き返るというものだ。  

のぼり坂でのペダルの踏み方は、人によってさまざまだ。わたしの場合、登りではもっぱら立ち漕ぎ専門だ。これを分解して説明すると次のようになる。  

まずペダルを踏みおろす時は、体をまっすぐに立て、体重が直接ペダルにかかるようにする。次に、トークリップに入れたつま先は立てて、膝をまっすぐのばすことによって、下にかかる体重が分散しないようにする。ハンドルは左右のバランスをとるために軽く握るだけで、上体が前のめりにならないようにする。最後に、ひと踏み一秒くらいのゆっくりしたペースになるようにギアを選び、勾配が増すにしたがって、軽いギアにかえてペースを一定に保つ。  
こうして立ち漕ぎをしている限り、登り坂だからといって特別に体力を使わずにすむ。自転車を前に押し進めているのは、ペダルにかかる体重であり、足の筋肉ではないからだ。坂の勾配が増してギアも使いきってしまったら、上半身を使ってハンドルを引き、足の力で踏めばよい。足の筋肉を使うのはここからなので、筋肉にたまる疲れを最小限におさえることができる。  

体格の良い相棒の葉月は、私とは対照的に筋力を使って登る。登り坂にさしかかっても、立つことはない。ある日、私が急坂を力を振り絞って立ち漕ぎで登っているとき、私のすぐ後ろにぴたりとついて登る彼女をみて驚いた。サドルから腰をあげずに、がっしがっしと筋力でのぼっていくさまをみて、私は彼女の強靭なパワーをかいまみた思いがした。  

パトリックは坂道の前半からギアを軽くして、ペダルをくるくる回してのぼる。急坂では立ち漕ぎをして、私と同様、体に負担がかからない方法をとっている。(ちなみに、わたしもかれも膝に故障を抱えている)  
イヴォンヌは、平地で使っていた重いギア比を、登り坂で切り替えるタイミングが四人の中でもっとも遅い。このため足にかかる負担が重くなり、登り坂にさしかかるとスピードががくんと落ちる。  

二百メートルくらいの峠をこえる場合、最初に頂上に着くのは私で、約五分後に葉月が到着する。途中でイヴォンヌがくるのを待ったパトリック組は、それからさらに十分くらいたったころに到着する。  

峠についたときのは、ハイになった私が一番元気そうで、イヴォンヌがもっともつらそうにしている。後の二人はあまり変化がない。しかし四人の中でもっとも体力があり、生命力を持っているのはイヴォンヌであることは、パトリックだけでなく、私たちも認めるところだ。いつも「疲れた」とこぼす彼女の潜在エネルギーは、一日の仕事を終えて皆の疲れが出る頃に発揮されるのだ。

次回へ→


E-mail: mail@travelmate.org
これは Travel mate のミラーサイトです。
ページ編集・作成:@nifty ワールドフォーラム