「旅行記」
トラベルメイト
監修・編集

リロとハツキの自転車旅行

 

VOL.30 インド(28)  白人サイクリストのカップルと出会う 7

白人ツーリストの体験とは、一言でいって、性的な好奇心を抑えられないインド人とのトラブルだ。窓からシャワールームを覗かれたり、頼みもしないルームサービスに何度も部屋をノックされたり、そのほとんどはプライバシーとセクシュアルハラスメントに関するものだ。しかし痴漢にあったという話をきくと、これはもう笑ってすまされない。  

このヴァルカラでもみられるように、白人ツーリストはヒンドゥーやイスラムの白人とは宗教や習慣の異なる地でも、肌を出し水着で日光浴をする。気候が暑くなるに従い露出度が増し、タンクトップにおしりのはみ出した短パン姿で満員のバスに乗る。欧米では日常的なこのような光景が、この国の人の目にどれだけ刺激的で挑発的に映るか、白人の彼らがどこまで理解しているか私にはわからない。しかしパトリックやイヴォンヌの話を聞くに及んで、彼らインド人は、私の想像以上に刺激を受けていることを知った。 私はことさらにウーヴェとアンティアのインドでの苦労話を聞き出す気にはなれなかった。

「ところで、これからどっちへむかうの」
「南の端をまわって北上するつもりなんだけど、ハブにクラック(ひび)がはいってしまって、スペアがドイツから届くのをまっているところなんだ」
ハブは車輪の中央のスポークが集中しているところだ。

「ハブがひび割れ?ちょっと自転車みせてくれる?」
かれの自転車は有名ブランドで、主要パーツは日本製で組まれていた。ひびがはいったのは後ろのハブで、見るとスポークの穴をつなぐようにひび割れが走り、内側に亀裂をつくっている。

「うわー、こりゃひどいな」
「故障するのは、いつもウーヴェの高い自転車なのよ」
アンティアが言った。長い旅に備えて高価な自転車をさがしたが、体の小さなアンティアにはサイズの合うものがなく、しかたなく子供用を買ったという。しかしその自転車は、これまでたいしたトラブルに見舞われてないらしい。私はウーヴェの運ぶ荷物が重すぎるのではないかと思った。

「ドイツから替わりの部品を送ってもらったんだけど、ここにストップしてもう一カ月になるよ」
彼は品物を受け取る際に、どうしたら高い関税をかけられないですむか、考えているところだという。  

自転車旅行をすると、故障した部品や消耗品の調達をどうするかということが大きなテーマになる。重い荷物を積んでの長距離の移動は、思いのほか自転車を消耗させるのだ。インドではウーヴェのように本国から必要な物を送ってもらう以外にほかに方法はない。私たちは後にアジアを走った時、キャリアとバッグを買い替えるため、タイからシンガポールまでの、ほとんどすべてのプロショップを訪ねた。観光そっちのけで店めぐりに費やされた時間と労力は莫大なものになったが、結局目的を果たせたのは、そのあと行ったシドニーだった。  

私たちはおしゃべりを中断して、夕食のしたくにとりかかった。なれない英語を組立てながらのおしゃべりはエネルギーを消耗する。どうしても聞きたいことがあるので英語を組み立てるのだが、同時に相手の話を耳で聞いて理解するのに苦労する(私は少々わからなくても相づちをうっているうちに、まったく聞き取れない時にも完ぺきな相づちをうってしまうようになってしまった)。

「ハローチルドレン!元気でやっているかい」
料理に集中しようと思っていたら、パトリックが部屋からでてきた。

「うわっ、うるさいのがきたぞ」
そう言って日本語で煙たがる私にパトリックが
「スピークイングリッシュ!」と浴びせる。
パトリックは私たちの良い英語教師でもある。    

その夜できあがった夕食のメニューは、スパゲティーのトマト野菜ソースとイヴォンヌ特製のサラダ。サイクリストにとってスパゲティなどのパスタは、もっとも体が欲しがる炭水化物だ。

「いただきまーす」
「んぐ、うまいうまい」

私たちが食べている前を、アンティアが大皿に山盛りのパスタサラダをキッチンから部屋へ運んだ。スパゲティに食らいつくパトリックの視線が、アンティアの山盛りの皿に吸い寄せられるように左から右へ動く。

「あのお皿、見た?すごいよ、あれは二人には多すぎると思うな」
私は思わず悔しまぎれにいった。次に私たちの視界を横切ったのは、焼きあがったばかりの山盛りのパン、それにボウルに一杯の自家製ヨーグルトだ。

「わたしにも!」
と叫ぶパトリックを

「パトリック!」とイヴォンヌがたしなめた。

私たちも自炊をするためにここへ来たのだが、パンを焼こうとまで思わなかった。私たちのアルミのコッフェルでは、無理だということもあるが、彼らのエネルギー補給に対する意気込みを感じさせられた。(旅を終えて帰国したあと、葉月はパンを自分で焼くようになった。オーブンがなかったので、取っ手を外したコッフェルにパン種をいれ発酵させ、魚焼きの網にのせて中華鍋をかぶせて焼いた。工夫すれば、私達もインドでパンが焼けたわけだ)

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