「旅行記」
トラベルメイト
監修・編集

リロとハツキの自転車旅行

 

VOL.26 インド(24)  白人サイクリストのカップルと出会う 3

ここから先、クィーロンまでの八〇キロは、川や湖を伝って船で行くことができる。ケーララ州のハイライトとも言われるこのバックウォーターの旅は、南インドを旅する者にとって見逃せないもののひとつだ。ボートの発着所があるこの街では、船を利用する白人バックパッカーを多くみかけた。  
しかし私たちはガイドをざっと読んだだけで、ボートを利用することなどまだ考えていなかった。自転車をのせられるような船なのかどうかも確認していないし、正直言って、荷物の付けはずしの手間を思うとあまり気が進まなかった。

「自転車はつめるんだけど料金がはっきりしないのよね。ほかもきいてみるわ」
イヴォンヌはそういうと、再び午後のうだる暑さのなかへでかけていった。私たちは顔をみあわせた。

「彼女、疲れたって言ってたけど、元気だねぇ」  

イヴォンヌの話しによると、船に自転車を積むことは不可能ではないが、料金がはっきりしないため、実際の値段を調べる必要があるという。複数ある船会社へ電話したり、近所の店に尋ねてみたりして聞き込みをするわけだ。看板などで明示されていない金額を支払うときは、かならず前もって、地元の相場を把握しておく必要がある。ふっかけられているともしらず、いいかげんな気持ちで支払ってしまうと、あとに続く旅行者がおおいに迷惑するのだ。とくに今回のような外国人が多く利用するものは、注意してしすぎるということはない。  
私はクィーロンまで船で行くのも悪くないと思いだした。両岸の景色を眺めながらのんびりしている間に一日分の行程をすすむなんて、めったにできることではない。自転車の積みおろしも四人で協力すればなんとかなりそうだ。  

その日私たち四人は、これまでに経験したさまざまな出来事を、夜遅くまで語り合った。寝る時間になり部屋に帰ろうとすると、パトリックがいつになくまじめな顔でいった。

「僕たちは、もし君達とこれからも一緒に走れたら、うれしいよ」

私は笑って軽くうけながしたが、彼の表情から、それが単なる社交辞令でないことに気づいた。パトリックは私たち四人で旅をしたいといっているのだ。  
自転車で走ることは、もともと個人的なスポーツだ。体力などさまざまな条件の異なる二人が長時間自転車に乗ることは、二人の持つ違いをさらけ出すことにほかならない。気のあった二人だからこそ、一緒に旅をしようとするわけだが、自転車で走り始めると、二人の間はことごとく離される結果になる。走る速度やペース、休憩をとるタイミングに始まり、食事や宿の好みにいたるまで、個人に必要なことがもう一人の個人とうまくかさなるとは限らない。まして、各自の体調も考え合わせると、きのうはよくても今日は不調だということになる。  

私は中校生の頃、友人とサイクリングにでかけて苦い経験をした。旅の技術を持ち合わせない二人は、その方法をめぐってことごとく意見を対立させ、お互いにすっきりしない妥協に満ちた日々をおくってしまったのだ。計画通り走破したあとも、二人の心の奥底には溝がきざまれたまま消えることはなかった。  

私は葉月と旅をしながら、第一の目的が何だったか、いつも思い出すようにしている。一人より二人の方が良いから一緒に自転車旅行をするのか、それとも二人で旅行するために自転車をその手段にしたのか、どちらを選んだのかということだ。それが前者の場合、旅慣れた頃に別行動をとって、気が向いたときに、どこかで落ち合うという旅のスタイルが考えられるだろう。ひとりで走るメリットを犠牲にしてまでペアで走る理由はないからだ。  
私たちは後者のほうだった。ふたりで共通の旅を楽しみ、自転車はその次のものだ。だから私たちには、自転車で「走破」する「決意」や「目標」とは無縁だった。一番大切なのは、自分達が今本当に楽しんでいるのかということであって、何が楽しいかということではない。さいわい二人とも自転車に乗っているときがもっとも幸せだという結論に達した。これは後にオーストラリアとニュージーランドを走るようになって、毎日感じるようになったことだが、おかげで一万八千キロ走ってもいっこうに満足感が得られなかった。  

さてパトリックは一緒に走ろうという。私はタイヤのサイズが違うことをあげて、それが簡単ではないことを説明した。彼らのホイールは私たちより大径で細いタイヤを使用しているのに対し、私たちはそれより小さく太いタイヤを使っている。長い距離を同じペースで走るには無理がある。しかし自転車やヨットレースの経験が豊富なパトリックにとって、そんなことは百も承知だった。さらに彼はイヴォンヌとヨーロッパを走ったときに体験した精神的なトラブルについても話してくれた。英語で話さねばならいことが、私たちにとって負担になると説明すると、イヴォンヌも英語圏とは異なる文化と言葉をもっているのだから、皆同じだという。もし彼が、四人で走れば楽だと言っているのなら、私は彼の申し出を断ろうと思った。しかし彼は私たちに関心があり、一緒に走りたいという。そういうことなら、私たちも異なる文化のサイクリストが日々何を思っているのか大いに興味のわくところだ。ここはひとつためしに、やれるところまで一緒に旅をしてみようと思った。

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