VOL.24 インド(22) 白人サイクリストのカップルと出会う 1

四日間滞在したエルナクラムを発ちアレッピーへ向かった。

道の両側にはやしの木が茂り、こもれ日がキラキラ輝いている。街の大きさの割には交通量も多くなく、ゆっくりとした時が流れている。 　
私たちが最初の旅を南インドに決めたのは、一つには、ケーララ州がのんびりしていてよいと聞いていたからだ。実際に来てみると、気のせいだろうか、いつもの緊張が少ないような気がする。まわりを見渡してみると、こちらをじーっと見ている人が少ない。皆それぞれの目的に向かって行動している。おかげで、こちらも自然とリラックスして、まわりの景色を楽しむゆとりが、でてくるというものだ。 　
ケーララ州は教育に力をいれていることで知られ、識字率はインドの中でもっとも高いと言われている。なにもしないでボーとしている人たちをあまりみかけないのは、教育水準の高さを物語っているのかも知れない。やはり、人は自分の意思で行動しているときが、もっとも光っている。人それぞれにやることがあり、動くことができるのは、本当に素晴らしいことだ。インドで見られるように、貧困の度合いが深まると、人は自分のもっている最低限の力さえ活かすことができなくなってしまう。そうならないように、人には知恵というものが、あるのだと思う。 　

前方に、見慣れない二台の自転車が、私達と同じ方向へ走っているのが目に入った。私の胸は一瞬高鳴った。カップルの白人サイクリストだ。思わずペダルに力が入る。ゴアをでて以来、自転車で旅をする人を見かけたのはこれが初めてだ。小さな町では、サイクリストはおろかバッグパッカーもみかけないところが多かった。だから、有名観光地に到着して、外国人ツーリストがウヨウヨいる光景をみると、いつもその落差に驚かされたものだ。バスを使った旅では、ガイドブックにでている観光地を点から点へ飛び歩く旅になりがちだ。ガイドに出ていない町を、ふらっと訪れる旅人は実際には意外に少ない。

「ハロー」 　
私はブロンドヘアーのちょっと小柄な女性に会釈して追い越し、前を走る男性の背中に呼びかけた。用もないのに走りながら声をかけるなんて、後にも先にもこれがはじめてだ。そのせいか声がうわずってしまいなんとなくいかがわしい感じになってしまった。私は今度は尻上がりの調子で呼びかけてみた。

「ハロゥ」
「・・・・」
（あれ？きこえなかったのかな）
彼はうんざりした表情で首を横にふっている。
（どうしたんだろう？返事くらいしてくれったっていいんじゃない？）
私は話しかけるのをやめて、彼を追い越し加速して前の方へ出た。誰とも話したくないことはあるものだ。すると今度は、彼の方がダッシュして、私の横にピタリとつけた。

「エクスキューズミー　フェアーユーフロム（すみません、どこからきたの）？」
「ウィーカムフロムジャパン」
（へんな人だな？さっきは返事もしてくれなかったのに）
彼は続けて私に早口で話しかけてきた。しかし私の耳は彼のスピードについていけない
（ゆっくりでもわからないことが多いが）。
「あぶないから一列になって走ろう」
私がやっとのことでそういうと、彼はオウケイといって後ろへ下がっていった。
「イヤァ悪かったねぇ。またしつこいインド人についてこられたのかと思ったんだよ。だって後ろのほうからギーコギーコいう音がしてそれでハッロオゥなんていわれりゃ誰だってそう思うよねぇ」 　

路肩に広いスペースを見つけた私たちは、休憩をかねて情報交換をすることにした。彼は、私の自転車が変な音をたてるところを、ジェスチャーを交えてそっくりに再現してみせる。（私の自転車はクランクにガタが出て、ペダルを踏むたびに音をたてていた）。彼女まで私のいったハローの発音が、下心みえみえのインド商人にそっくりだと言っておもしろがって何度もまねしてみせる。
彼の名はパトリック。四八才のニュージーランド人だ。グレーの髪とあご髭をたくわえてキリストのような横顔をしている。出身をきくと彼の先祖はアイリッシュだという。大学でシェークスピアを専攻し、文学博士でもある彼は、ダンサーとして、ブロードウェイでスポットライトを浴びていたこともあるという。どうりでものまねがうまいわけだ。 　
彼女は三五才のオランダ人。名前はイヴォンヌ。パトリックがヨーロッパを旅しているとき、オランダで知り合ったそうだ。二人は、ニューデリーからインド北部を走ったあと、ボンベイを経由して南にむかっているところだという。

「いやぁ自転車少ないですよ。同じ方向では、あなたたちが初めてです」
と私が言うと
「ぼくらもほとんどあわなかったよ。今日はほんとにうれしいよ」
彼も少し興奮気味に言った。 　
私たちは、お互いの自転車の説明をしたり、通ってきたルートの話しをして、たのしいひとときをすごした。しかし話したいことはお互いに山ほどある。とりあえず今日は目的地のアレッピーまで一緒に走ることにした。

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