VOL.17 インド
一軒目の宿はあいにく一杯で、二軒目をあたった。しかしそこも満室。インドでは地方都市の安宿が客でふさがっていることが多い。ある町では一〇軒尋ねて部屋にありつけないことがあった。そんなとき、いったいどんな人達が宿に滞在しているのだろうと思ってしまう。そういえば長距離バスも列車も、いつも人で溢れている。しかしそのわりには、乗客が旅の荷物をかかえているのをあまり目にしない。
二軒続けてふられると、ガックリくる。こうなると遠くまで安宿を探してあるくより、近くの中級ホテルを、あたってみたくなるというものだ。目の前にこの町で一番と思われる三階建てのホテルがあった。受付の男にきくと部屋はあいているとのことなので、今日は特別ということにして泊まる事にした。自転車につけている四つのバッグをとりはずし、せっせと見晴らしの良い三階の部屋に運び上げる。最後に自転車を担いでホテルの階段を上がろうとした時、男から待ったがかかった。
「あ、自転車は、表のガレージにおくように」
私は一瞬耳を疑う。
「なに外?そりゃむりだよ。これはすごく高いんだよ」
「ノープロブレム(だいじょうぶ)、夜は門がしまる」
(君達が一番あぶないんだよ!)
「それじゃもしとられたら、このホテルが弁償するってわけ?」
「オーケーオーケーノープロブレム」
(なにがオーケーだ。ますますあやしい)
私達は自転車を担いで階段をのしのしと上がった。せまい廊下から部屋に入れようとすると、男はもうひとり別の男をつれてやってきて、彼らは私の自転車をむんず とつかむとぐいぐいとひっぱり始めた。
「はなせよ!」
「・・・」
部屋の入り口をはさんで、綱引きよろしく、押し問答ならぬ自転車引きが始まった。 かれらにはインド人によくみかけるニヤニヤした態度がないし、目が真剣だ。私はなにか訳がありそうだと思って彼らに向き直って聞いてみた。
「オーナーからいわれているんだ。きまりを破るわけにはいかないんだ」
「なんだそうだったのか」
私はそれを聞いていっぺんに納得してしまった。彼らには下心があるわけではなく、単に職務に忠実だったのだ。私たちは上げたばかりの荷物を降ろし、最後の力を振り絞って、再びバッグを自転車にとりつけた。
結局その日は、安宿のツーリストホームに空き部屋を見つけ一段落した。半分地下の部屋の窓から外をみると、上の階からの排水が地面にしたたり、なんとも陰鬱な景色だ。狭い部屋に自転車を押し込め、シャワーをあび、洗濯をすませ、ベッドに身を横たえると、長かった一日の緊張がとけてベッドにしみこんでいくような気がした。いよいよインドの旅が始まったという実感がこみあげてきた。
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