「旅行記」
トラベルメイト
聞き書き・編集

リロとハツキの自転車旅行

 

VOL.14 インド

 

サイクリングの旅が始った
「元気でな、車に気をつけてな」
「ありがとう、楽しかったよ」  

私はトリンデイトがさしだした手をしっかり握った。  

一九九四年一月一六日、ついに出発の日がやってきた。カルドッソの家にきてからちょうど四〇日目、インドに来て二カ月が過ぎていた。私達はここカラングートで納得のいくまで休養し、新たな旅に向けてしっかり充電することができた。

「さよなら、ルーディーン、今度会うときはお母さんになってるかもね」
葉月の言葉に、ルーディーンの瞳が涙でゆれた。ここでの生活のことが、フィルムをコマ送りしたように瞼にうかんでは消える。後ろ髪を引かれる思いとは、このことをいうのだろう。もう二、三日、いや一日でもいい、ここに留まっていたいと思った。私はたまらなくなってペダルをぐいと踏んだ。三〇メートルくらい離れて後 ろを振り返り、手を振った。  

表通りにでると、ふだんとかわらないゆっくりとした時間がながれている。長期の滞在で、カラングートでは顔なじみになった人も多い。東京の生活と違って、ここでは行く先々に人の顔があり会話があった。新聞屋のせっかちな親父、魚を売りにきていた歯のないおばあちゃん、いつも元気のよいパン屋の兄ちゃん。私は、それらの一つ一つの思いに別れを告げた。早朝賑わいを見せていたマーケットの横を通る。それはまるで夢だったかのように、今は人気もなく、ひっそり静まり返っていた。  

カラングートをあとにして、ナショナルハイウェイに出ると右折し、南にむけてペダルを漕ぎだした。さあ、いよいよ私達の南インド、自転車の旅の始まりだ。ナショナルハイウェイといっても片側一車線しかないこの道は、コーチンを経由し、 インド洋にそって南端のコモリン岬で知られるカンニャクマリへと続いている。ここから北上し、ミナクシ寺院で有名なマドゥライ、フランスコロニーのポンディチェリーを経由、マドラスにいたる一八〇〇キロが私たちの計画したコースだ。ゆっくり走って一日六〇キロ、走らない日も含めると、四、五〇日の行程だ。  

南インドを今回のサイクリングのスタートにもってきたのは、旅のウォーミングアップにふさわしいと考えたからだ。英語が通じ、宿や食堂には事欠かない。滞在が延びても、予算の心配がいらない点が大きな理由だ。けれども、インド以降の計画は、インドを無事走り終えてから考えることにして、白紙の状態にしておいた。  

インドで考えられるトラブルは、交通事故と食べ物や水から感染する病気だ。気をつけていても、何が起こるか予想がつかない。万一これらのトラブルに巻き込まれた時のことを考えると、先の予定を作らず、インドに集中したほうが賢明だ。また、荷物を最小限に減らし身軽になることが第一だ。装備は暑い気候に合わせて、 少量の衣類と雨具、自炊道具にしぼった。自転車は新品だったので、消耗品や特に重い工具は持たなかった。  

初日は、パナジの南側に点在するビーチの一つであるベナウリムまで、二七キロ移動した。ここはカラングートのように賑やかではないが、宿はどこも満室で、五軒目の「PINTOS」でようやく部屋をみつけることができた。シャワー付き二人部屋で七五ルピーは悪くない。(九四年一月では一ルピー三・七五円)  

翌日、市場で買い物をするため、国道沿いにある人口八万の町、マルガオへでかける。街で買い物する時は、たいていいつも一〇キロは歩いてしまう。ひとつ物を買うにしても、最低三カ所はまわって値段を比較するからだ。まずは、エネルギーを補給しに、インドレストラン「カマットホテル」の定食で腹ごしらえをした。マルガオのマーケットは、私達が今までみた中でもっとも規模が大きく、コンビニ風のしゃれた肉屋では、ジーンズにTシャツのお姉さんが忙しそうに応対していた。  

私達が探していたスパゲティのほか、米、野菜、くだもの、チーズ、バター、それに紅茶など、どっさり仕入れて一〇〇ルピー(約四〇〇円)。宿に戻ってさっそ くスパゲティのソース作りにとりかかる。この宿には、藁葺屋根のバーがあり、冷えたビールも売っていた。チーズ味のクラッカー「チーズリン」をパリパリやりながら、「キングフィッシャー」をグイとやる。ガソリンストーブのフライパンからオリーブオイルで炒めたニンニクの香ばしい匂いがたちのぼると、たまらなく食欲をそそられる。こんな贅沢な夕食を楽しめるのも、ゴアにいる間だけだ。州境の向こうは、宗教も言葉も食べ物も違う正真正銘のインドだ。私たちは、乾杯してゴア最後の夜を楽しんだ。

 

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