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【 リロとハズキのチャリトリップ(1)(自転車が車から落ちる!) 】
一九九三年一一月。私と葉月を乗せたダッカ行きの飛行機は、六時間遅れてようやく成田を飛び立った。前夜までのあわただしい日々から解放された私は、その疲れも手伝って、飛行機のシートに身をうずめると、とろけるように眠りに落ちた。
私たちが買った飛行機のチケットは、シンガポール、バンコク経由でダッカで降り、飛行機を乗換えてインドのボンベイへ飛んだあと、国内線でゴア州パナジに降りるというルートだ。これは遠回りで時間がかかるかわりに値段は格安だ。もう時間を気にすることもなくなった私達にとっては、選択に迷うことではなかった。
長期の海外旅行は今回で二度目。私たちは、一〇年前にネパールと北インドをバスで二カ月旅行している。その時は、勤めていた会社を辞め、スーツと満員電車の生活に別れをつげての旅立ちだった。今回は仕事だけではなく、長年住み慣れた借家も引き払うことになった。バブル景気と供に膨らんだ家賃を払いながらでは、長期の旅行をすることはできない。
帰国後、生活に必要な最小限度のものは、知人宅に預かってもらった。幼い頃から捨てられずに持っていた物や、結婚以来買い揃えた大きな家具や車は、すべて処分した。そのため、旅行の直前まで、家具の引き取り手をさがしたり、運搬作業に追われ、出発の当日まで粗大ごみを出す作業に追われてしまった。持ち物が増えすぎるとフットワークが重くなり、心の自由まで奪われてしまうのは、旅行中に限ったことではない。それに、住宅費の高い日本では、モノの値段より、それをおいておくスペースのほうにコストがかかってしまう。今回の旅行は、わが家のリストラをするよい機会となった。
私達が最初にたてた旅の計画では、ヨーロッパやアメリカから走り始めるつもりだった。しかし、先進国の充実した情報と整備された道路の上をなぞる前に、アジア各国のあまり知られていない所を走ってみたかった。旅の資金の面でも、余裕のあるうちに出費の少ない所からさきにまわるほうが、気が楽だ。今、アジアは各国で市場の開放が進み、急速に変貌している。自転車からの景色が、日本車と大企業の看板で埋まってしまう前に、その国の風景をできるだけ多く網膜にやきつけておきたい。
そんななかで、南インドは私達にとってちょうどよいウォーミングアップといえる。英語が使え、どのまちにも食堂や宿があるので、旅行には不自由しない。インド政府は、海外からの輸入を制限する経済政策を長く続けたので、インドの風景には、良くも悪くもこの国にしかない強い個性であふれている。一〇年前に私たちが旅行した時の北インドのイメージは、お世辞にも自転車旅行をすすめられるようなところではなかった。しかし言葉や文化が北と異なる南インドには、私たちをなおも引きつけてやまない魅力がある。
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