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トラベルメイトトラベルメイト98

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「トラベルメイト98」
  1. 【 旅行者(4) 】


  2.  通常の(マニアにはなってないという意味での)旅行者は、ほとんどが観光客の範疇に入るように思います。絶対認めたくないと言う方は多いでしょうが。

     通常の観光客が行かないレストランで食事をしたり、なるべく旅行先でも観光地はさけて旅行したし、日本からは一人旅だったし、しかも格安航空券を買っただけで現地のホテルは行き当たりばったりの安宿だったし、おかげで現地の人とふれあって友達は出来たし、ダッカでは貧しいながらもきらきら輝く子供の目を見たし、決して高価でない服でもパリジェンヌにかかるとシックな着こなしになるのを見て日本のブランド信仰は何だったのか考えてしまったり。だから私は観光ではなく旅行をしたのだ。ほとんどの人がそう言いたがっています。

     でもねー、1996年の統計では、海外渡航者数約1700万人です。この中にはビジネスとか留学とかの目的の人もいますし、延べ人数ですから観光客または旅行者の実数は単純には分かりません。わかりはしませんが、全人口の1割強が毎年海外に出かけていることに変わりはありません。もうこうなると流行といった方が当たっています。

     海外旅行に行くことは個性的でも何でもなく、むしろ旅行をしない方が流行遅れだとも思われるくらいの状況です。学生の卒業旅行等その典型的な物でしょう。やりたいこととか趣味の上位には必ず海外旅行が男女を問わず入ってきます。かえって、海外旅行に行かないとか興味がない人の方が個性的と言われる様な時代になってきています。

     そんな時代の中で、ほとんどどこのメディアでも諸手をあげて賛成する、自由旅行、一人旅、格安航空券、観光ではない本当の自分に会う旅、現地の人とふれあう貧乏旅行、そんな物のどこが今個性的なのでしょう。

     私たちはまだしつこく覚えています。一般社会の中で、個人旅行とか格安航空券が一応表かなと皆が思い始めたとき、あるいはそのちょっと前に一般紙とかTVで好意的に取り上げられ始めたのはほんの十年前の80年代後半になってからです。それまでなら、「自由旅行、格安航空券、観光ではない...。貧乏旅行」等は十分個性的ではあり得たでしょう。個人的なプライベイトなレベルでは!(プロのライターとかカメラマン、作家、芸術家のレベルであれば私は72年がその境目になってくると思います。せいぜい引っ張りに引っ張っても75年まで)

     もう一度日経新聞夕刊登場の斉藤さんの部分を読み込んでみます。

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    漠然とした物見遊山の旅行は廃れた。遺跡や自然に感動を求めるだけではなく、日常から切り離された空間で開放感を味わうゆとりの旅が生まれている。千葉県に住む斉藤洋子さん(29)にとって初めての一人旅で訪れたトルコは印象深い。.................中略........。....石灰棚の後方に広がるヒエラポリス遺跡の荒廃に「滅びの美学を感じた」。異国情緒という言葉では片づけられない感動だったらしい。 トルコには、航空券だけを買って出かけた。毎日、まずその夜の宿を確保して観光する、はやりの「独り歩き」だった。数百円のタクシー代を節約し、千円でも安い宿を探した。「東京では夕食に一万円札を差しだし、数万円の服を買っているのに」と笑う。
     裕福な日本の消費生活に疲れることがあるのかもしれない。斉藤さんは「日常から切り離され、世界にたった独りで存在するという開放感がたまらない」という。時間、人間関係、金銭感覚。自分を縛る日常からの解放を追求すれば一人旅にたどり着く。斉藤さんは年に一度、旅先で自由になる。
    .....次は他の人、田村さん(仮名)のフィジー便りなので後略させてもらいます.......
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     タイトルには「自分を探しに一人旅」となっているから、日本では自分らしい自分ではない斉藤さんが自分を捜せたのか、探すきっかけになったのがトルコの一人旅だったわけです。物見遊山ではないゆとりの旅であるとも書いてあります。

     そしてゆとりの旅の内容は、「数百円のタクシー代を節約して、千円でも安い宿を探した。東京では夕食に一万円札を差しだし、数万円の服を買っているのに」 ゆとりって、余裕があることですよね、「東京では夕食に一万円札を出したのに、トルコでは同じかもっと豪華な夕事が3千円で食べられた、トルコにある高級ブティックでは日本で数万円はする服が一万円弱で買える」と続くなら理解できます。

     ところが「数百円のタクシー代を節約して、千円でも安い宿を探した」と来れば、どこが余裕なのでしょうか?ゆとりって、節約してお金を使わないで安く旅行をあげ、日本に帰ってからその節約した金額を貯金すればその分ゆとりが出来ますという意味なんでしょうか?予算をたて持っていったお金は旅行中に最大限使ってこそ、ゆとりある旅行が出来るのではないでしょうか。

     数百円のタクシー代を節約すると言うことは、たぶん現地の公共交通機関だけを利用すると言うことなのでしょうが、これは慣れるまで大変な時間とエネルギーを使います。千円でも安い宿を探すことは時間のべらぼうな浪費になります。しかも行く先々でその日の宿を探す訳ですから。どこがゆとりある旅なのでしょう。

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