VOL.48 インド(46) 南インド料理の話 (1)
南インド料理は、おいしい。日本のインディアンレストランでは、ほとんどお目にかかることがないのは、残念だ。
ケララの小都市で、初めてミールスを食べたときは、感激した。ミールスとは、南インド式定食の事だ。食器はバナナの葉っぱ。鮮やかなグリーンが、目にまぶしい。そこへご飯を山のように盛り、汁気の多い野菜カレーをかける。お山の向こうには数種類のおかず(カレー味)とピクルス、パパルと言われる豆粉でつくられた揚げせんべい。ご飯の上にかけるカレーは一種類ではなく、違う種類のものが時間差攻撃でやってくる。この間、ご飯もおかずもおかわり自由。さらにセルフサービス用に、テーブルの上には三〜四種類のカレーの入った、ステンレスのポットが置かれてある。以上が基本だが、このミールス初体験の時に、なんとヨーグルトとデザートがついてきた。ヨーグルトは別料金の店が多く、デザートがつくなど、これが最初で最後だった。腹ぺこのサイクリストには、笑いの止まらなくなるメニューだ。
ミールスの米には特徴がある。赤みがかっていて、コロコロとしているのだ。炊き方が日本とは違うこともあって、見た目にもポロポロ、パサパサとしている。決しておにぎりは作れないだろうが、カレーをかけて食べるのには最適だ。
ゴア〜トリヴァンドラム間で、食物に不自由な思いをした事はなかった。海岸沿いに大きな町が点在していたため、ツーリストも多かった。ケララ州内には、「インディアンコーヒーハウス」という、ちょっとモダンな大衆食堂のチェーン店があった。ここでは、カフェオーレとフレンチトーストというメニューも可能だ。
コーチンでパトリック、イヴォンヌと知り合い、一緒にタミルナードゥ州を走ることになった。彼らは二〇キロメートルごとに休憩し、ひんぱんにエネルギーの補給をしていた。私たちも二人のペースに合わせた。二〇キロは時間にして、一時間〜一時間半位。休憩をするのには短すぎるサイクルに思えるが、暑い国では体内に熱を貯めないようにするのも大切。休憩場所は、道端の大きな木の影、もしくは食堂。ココナツ売りを見つけると、休憩のペースとは関係なくストップ。ココナツジュースは、渇きをいやしミネラルの補給をするのに最適だ。手持ちの食料を軽くつまむ。もしくは食堂で、ヴァダイをつまみながらミルクティーを飲む。まめにエネルギーの補給をするようになると、昼食にミールスを食べる事がなくなった。おなかがすかないのだ。
一般的に、インド人は昼食に一番の比重を置く。そして夕食は朝食よりも軽め。都会はともかく、田舎で夕食にミールスのようなご飯を食べさせる店は、ほぼ皆無だ。おまけに田舎の夜は早い。私たちが食堂へ出かける七時頃には、ほとんどのメニューはなくなっている。どこでもあるのは、イドゥリーとプーリー。そして運が良ければ、プレーンドーサ。こうして私たちの食生活はバリエーションがなくなっていった。それでも基本的に南インド式スナックは好きなので、はじめのうちは苦にならなかった。
インド料理のおいしさは、豊富なスパイス、大量のオイル、強い塩味、甘味によって作られると私は思う。炎天下の中、バイクにまたがり、二リットルも三リットルも水分をとっていると、胃は徐々にスパイスもオイルもうけつけなくなってくる。油で揚げたプーリー、バダイ、たっぷりギーを練りこんだパロータなど、見ただけで胃酸が出てくる。けれども食べなきゃ体は消耗するばかり。そこで、一日中イドゥリーを食べるようになる。イドゥリーは米と豆の混合物をペースト状にして発酵させた生地でつくる蒸しパンで、酸味がある。本当はこの酸味が食欲をそそるのだが、疲れた胃袋にはつらい刺激となる。もどしそうになるのをこらえて、飲み込んでいたのが良くなかった。マドラスに着く頃にはイドゥリーを見るのも嫌になっていた。
その後私たちはカルカッタを経て、バンコクへと飛んだ。夢にまで見たタイ料理にも、三カ月ですっかり嫌気がさしてしまった。今度はイドゥリーが恋しくてたまらない。タイ、マレーシアの国境を越えて最初に滞在したコタバルでは、南インド料理店のはしごをした。妙になつかしい店を一軒みつけ、完全に入り浸ってしまった。
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