「旅行記」
トラベルメイト
監修・編集

リロとハツキの自転車旅行

 

VOL.44 インド(42) スリビリプタールからマドゥライへ (2) 

「ワンルピー、ワンルピー、ワンルピー」

マドゥライに到着した私たちは、ほっとする間もなく、まだ小学生にもならない四、五人の子どもたちに取り囲まれた。  

ここはミナクシ寺院の西、タウンホールロードから路地をはいった所だ。私たちはあの事故のあと、あまり休憩をとらずにマドゥライの中心部まで一気に進んだ。ここは安宿や食堂が軒をつらねるところで、ツーリストの集中するところでもある。

「ふー、やっと着いたと思ったけど、ここも大変そうだなぁ」

私がいうと、パトリックが顔をしかめて横にふった。

「きいたかい、子供たちのおねだりはパイサでなくてルピーだってさ。観光客ずれしているよ、まったく」
「それじゃわたしとリロが宿をさがしてくるわ。パトリックとハツキはここに残って自転車の番をしていてちょうだい」
「オーケー」

イヴォンヌと私はさっそく雑踏をかきわけ、ホテルさがしにでかけた。  
ミナクシ寺院で有名なここマドゥライには日に一万人もの観光客が訪れるという。ホテルはそれこそピンからキリまであって、バッグパッカーが泊まるような安宿はガイドにでているだけでも十軒はくだらない。しかし、えてしてこういう観光地では、需要が供給をうわまわり、部屋をきめるのに苦労する。空き部屋があっても、異常にきたなかったり、せまかったりするのだ。

「マスタル、言い部屋がありますぜ。私についてきなさい」
さきほどから私たちの後についてきていた男が耳元でささやいた。

「せっかくだけど、私たちは自分でさがすからいいわ」
イヴォンヌが丁重にことわった。しかし男は私たちがホテルからでてくるたびに後ろから声をかけてくる。

「ヘイ、マスタル、こっちです」
「私は自分でさがすといってるのよ」

イヴォンヌはたちどまり彼に面と向かってはっきりといった。男は客をホテルに連れていく事で、そのホテルから紹介料を稼ごうという算段だ。私たちがガイドブックの地図をのぞきこんでいると、男が間にわりこんでこっちだこっちだといってくる。男のあまりのひつこさにイヴォンヌの表情がけわしくなった。

「彼はきっと英語を話さないんだよ」
私は彼女のイライラをしずめるつもりでいった。
「いいえ、彼はわかっているわ」
イヴォンヌはきっぱりという。

男はなおも私たちのうしろを少し離れてついてくる。私たちが何軒目かのホテルに向かって歩いているとき、突然イヴォンヌが振り向きざま男に向かって大声で叫んだ。

「ファックオフ!」

男はその場に凍り付いたように立ち止まった。まわりにいる人がいっせいにこちらをみる。そしてなんと男は回れ右をして立ち去った。

「ほらね」

イヴォンヌはさもつまらぬことをいってしまったといった感じでいった。  

彼はイヴォンヌの剣幕に驚いて、立ち去ったのだろうか。いや、やはり彼女の放った言葉が圧倒的な力を持っていたのだろう。インドは二〇〇年ものあいだ英国の植民地として支配され、現在では一割の人が英語を話すといわれている。私はインド亜大陸に浸透した英語文化を思いもよらぬ所でかいまみた気がした。

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