ヌンチャクを頼まれる
車のおかげで効率的に道場を回れるようになりました。時間に余裕が出来たおかげで何回かは武道の大会にも出掛けました。この頃は空手の大会だけというのはなくて東洋の武術の大会が年に数回開かれている状況でした。テコンドウの大会、柔道の大会柔術の大会、それに武術のアトラクション。
まあ。オリエンタルチックな武道で有ればなんでも、と言う感じはありました。オランダは柔道で「へーシンク」(東京オリンピックの柔道の金メダリスト)が全盛の頃でした。次の有望な若手「ルスカ」(ミュンヘンオリンピックの柔道重量級金メダリスト)ものびてきてたときです。思ったより東洋の武道へのあこがれが強い時でした。
確か極真の空手道場もアムステルダムにはもうあったように記憶しています。私たちがハーグにいた頃は日本人の武道の先生は、ほかにいなかったのでかなりの希少価値がありました。武道の催し物があると、アトラクションに参加したりしてましたので、「へーシンク」「ルスカ」両氏とは数分ではありますが話をしたことはあります。
道場で教えている科目も、「KARATE」はもちろん「JUDO」、「TAEKONDO」、「JUJUTSU」「KENDO」など色々な武術が看板に書いてありました。今持ってよくわからないのは「WAJUTSU」と看板に書いてある道場があったのです。
「話術」なのか「和術」なのか、36計逃げるにしかずとも言いますのでしゃべりで言い含めて戦わないこと目指す究極の武道だったのかもしれません。
河本の剣道と私のヌンチャクのアトラクションなかなか好評で、日本刀は買うにしても値段が張りますから、ヌンチャクが手に入らないかと生徒達から頼まれるようになりました。
探せば、ヌンチャクっぽい物はあるにはありましたがすりこぎのような二本の棒がひもで繋いであるだけで本物と比べたら雲泥の差がありました。そんなおもちゃみたいな物でも、かなり努力せねば手に入らなかったのです。
希望を聞いたところ30人弱の注文が集まりました。値段はいくらでも良いとは言わないまでも日本からの取り寄せなので覚悟はしてると言うことです。
<<前のページ 次のページ>>