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トラベルメイトトラベルメイト95

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「トラベルメイト95」
  1. 【 旅行会社にも困った人はいるもの 】

     ガイドブックやお客さんばかり取り上げるのは不公平です。旅行会社にもトホホの人はたくさんいます。あなたが理想とする旅行会社の社員はどんな人でしょう。語学が堪能で、旅行全般に詳しく、社会常識も一通りあり、だいたいどの国の手配でも可能。そんな人ははっきり言っていません。

     旅行会社は大まかに分けて2つに分けることができます。一般的な大手と言われる日本旅行、JTB、近畿日本ツーリストなどの総合的にすべての旅行を扱っているところと、主に航空券の安売りからスタートしたディスカウント屋(この中でも大きくなって、総合的に旅行の商品を扱い始めるところもでき始めています)です。あなたのイメージ通りの旅行会社社員はどこにいるのでしょうか。

     まず大手、普通の旅行会社の街中のカウンターに行ったら、一般的なパーッケージの旅行の受け付けは大丈夫としても、個人旅行の色々な細かな手配などもっとも不得手なところです。最近では個人手配専門のセクションができ始めていますから、その中でも自分の行きたいところが詳しい人を捜し出せば少しは役に立つかもしれません。あるいは、パッケージでいいという人ならここはぴったりでしょう。

     個人で、あちこちぶらぶら回りたいという人に大手の旅行会社の人はもっとも合いません。大手が大手であり得るもっとも大きな理由は、みんながよく知ってる一般的なところへ一般的な人を大量送客するからなのです。目的地か、旅行者本人が個性を主張し出したとしたらもう大手では扱いきれないのです。

     主にディスカウントの航空券を扱っているところはどうでしょうか。会社の規模としては、個人でやってるような所から、千人近くでやっているところまでありますが、色々個性ある会社も多く、うまく当たればいろんな手配も希望に近い形でやってくれてなかなかいいこともありますが、まず探し出すのに時間と手間がかかります。今はバリバリの現役で、お客さんの希望することもスイスイ間違いなく手配をしてる人でも、新人の時はやはりトラブルも起こしてるでしょうし、いま一応現役でお客さんの担当をしてる人でも、全然進歩がなく毎回ほとんど同じトラブルを起こしている人もいるでしょう。

     旅行は見た目がよく、特にインテリっぽい職業で、生き甲斐を感じそうな業界です、イメージとしては、TV局や新聞社に次ぐ感じがするかもしれません(かつての航空会社はそれに近いところだったかもしれません)。

     今の旅行業界は、新人を育てる手間も費用もないまま成りゆきで動いている業界です。旅行は、新人をじっくり育だてあげて行くだけのコストをかけれるほど利益がでる商品ではないのです。それはお客さんにもある程度言えることですが、お客さんも成りゆきで旅行に行く人が多く、じっくり遊ぶ暇と金のある人が少ないのも残念なことです。

     大学生の就職希望の上位に大手旅行代理店がここ2ー3年入っているのが信じられません。ほんとに業界の内部をよく知っての上の応募なのか、疑問に思います。たぶん業界に入ってから、こんなはずではなかったのにと言うのが多いのじゃないかと思います。
     はっきり言って、給料は生活するのに精いっぱい位の水準しかありませんし、それに暇もありません、遊びを売っている業界なのに暇がないのは最悪です。
    そういう諸々の、現実の旅行会社の人たちの姿をこの章では取り上げます。

    ○トホホの社員達

     すべての旅行会社の社員達がこんな人たちばかりと思ってはいけません。ただ無視するにはあまりにもすごい人たちだったので、エピソードに取り上げさせてもらいました。いろんな会社の人たちです、へたすると業界の人たちは、あいつのことを言ってるんだなと解る人がいるかもしれません。ですから話は少し変えてあります。やっぱすこしはまずいですから。

     まず中畑君(仮名)の話をしましょう。
     その年はバブル真っ盛りのころで、求人雑誌に募集広告を出しても応募が全然ないころでした。パート2人に社員1人が必要でした、今までですと最低10人くらいの応募者から絞り込んで1人とか2人とかにしていくわけですが、世はあげて好景気の折り、3人必要なところへ3人しか応募がありません、2人は学生でしたから中畑氏は正社員要員と言うことです。履歴書をみると何回かは旅行会社で働いたことがあります、ちょっとずれてる感じはありましたが人数がいません、即採用です。

     まあ一目見たらまず忘れられない個性の姿の持ち主でした。どう考えてもぜったもてるということからは、もっとも縁遠い人でした。身長は160センチ足らず、小太り、頭はおかっぱ、しかし妙に暗くなく、明るいと言うより、なんというか漫画のおぼちゃまん君のかわいらしさを抜いて陰干しにした、人間の干物のような人でした。ちょっとは不安を感じてはいたのですが、猫の手でも借りたい状況にぜいたくは言えません。試用期間中に色々覚えてもらえば少しは使えるかなと思うしかありませんでした。

     来てもらってから2週間は無事すぎました、回りのものがほとんどマンツーマンに近い状態でチェックしていましたし、他のスタッフの補助だけをしてもらっていたこともありました。1カ月に近くなるとそろそろ自分で仕事をやってもらうことになります。コンピューターの打ち込みもまあまあ早く少しは使えるかなと思い始めたときでした。このころになると、お客さんに自分で予約の状況を正確に伝える仕事ができねばなりません。

    中畑「状況がいい形になってきてますので、そういう意味でもう少し待ってみてください。形としては決して悪くはありませんので。はい、はい、そうですね少々お待ちください。」
     お客さんから何か聞かれたみたいで、先輩社員の押野さんへ向き直って

    中畑「4月28日の出発便まだ取れないかと言われてますがどう答えましょうか。」

    押野「今からもう回答が来るはずないから、出発1カ月前には動くからもうちょっと待ってと伝えてよ、案外直ぐ取れたりもするけども、毎年毎年状況は違うから今はチャンスがないわけではないのでもう少し待ってくださいと説明して。」

    中畑、お客さんに向かって「今状況を、聞きましたら、決して形は悪くないので、そういう意味でも少し形が変わるのを待ってください、はい、はい、えー、そうですね、あ、あ、そう味でですか、そういう意味なら、よく解ります。そういう意味ではもう少し出発日に近くなれば、いい形にはなっていくと思いますんで、じゃあそういうことで。」

     多分、今スグには席は取れないけども、出発1カ月前になれば席の整理が少しは進んでチャンスがよくなるので、もう少しお待ちくださいと言いたいのじゃないかとは想像ができますが、それをシンプルに「そういう形」と「そういう意味」の二つの言葉で言いきってしまうすごさ、こいつはひょっとして天然のオオボケか、計算したボケなのか淡い期待を持ってしまいました。

    押野「あのサー、中畑さん、一応お客さんが納得してるみたいだから良いようなもののもっとわかりやすく説明した方がいいと思うけど、あんたは何でも形でかたずけるけど、何の形なのか全然説明してないじゃない、喋る前によく頭の中を整理してから話を始めなよ。」

    中畑「あ、あ、そういう意味ならよく解ります、ええ。」
     極端なことを言えば、そんなに複雑な手配でもない限り、問い合わせに対して棒読みでも良いから予約カードに書いてあることを読み上げておけば、当座はしのげます。何週間かは中畑大先生「形がそうなってないですから」にはじまって、途中何か質問を受けると「あ、あ、そういう意味ですか、そういう意味なら解ります」で相槌を打ち、うまく行きそうだと思うと「形としてはいい形なので」うまく行きそうもないと「形としてあまりよくないので」を続け締めくくりは「じゃあそう言うことでまた」!!!!

     自分で全部やらなければならなくなるにつれ、中畑先生の形はどんどん内容のないものになっていきました。彼の頭はオウムの頭と同じで、会話がとぎれないようにオウム返しをしてるにすぎなかったのです。

    「あ、あ、あ、そそう言う形なら意味はわかります。そう言う形でよろしくお願いします。形としてはよく解りますが、状況の形がよくありませんので、その辺の意味で形が少し変わるのを待っていただければ、もうちょっといい形で終わるとは思うのですが」
    益々形に冴えがでて、その辺の意味で形がいい方向へ代わったりするようになったりしました。

     昼飯は、決まって近所のパン屋さんのサンドイッチ、飲み物はオレンジのパンピー500CC紙パック、決してコップを使わず、パックの片側をねじ切って口をとがらせてずずっと音をさせて飲む、もうたまんない人でした。でもとうとうお客さんから苦情が出始めました。

    「あの、中畑さんね、何か説明はしてもらうんだけどどうもよく解らないんです。そのときは、状況の形が良くわっかたように思うのですが、電話切ってからなにか確か話はしたんだけども、なに話したかわからないもう一度説明お願いできますか」

     何回も彼に注意しましたが、聞いて解る段階の人ではありませんでした、今目の前で起こってることを頭で抽象的に理解して相手に伝える能力が根本からない人だったのです。言葉は相手とのコミニケーションをただ続けるだけのものだったのです。当然複雑なことはまかせられませんし、単純なことでもどこまでが彼にとって単純なのか、これも判定するのが大変でした。結局よく解らないまま、数カ月で中畑さんいなくなってしまいました。

    ○ああそうでしたか

     中畑ショックが冷めやらぬまま、相変わらずお客さんは多く猫の手も借りたいほどでした。スタッフの友人に旅行の仕事をしたい人がいるという情報が入ってきました。今度は曲がりなりにも紹介ですから、募集と違って少しは確実かなとみんな思いました。

     某有名アナウンサーがガンの手術をしたことでも有名なM外科に看護婦さんで何年か勤めていたとのことでした。昔から旅行関係の仕事は興味があっていつかしてみたかったと言うことなので3カ月の試用期間をとにかく取って仕事が本人に合うのかやってみようと言うことになりました。名前はパンピーの君の一字違い小畑さんです。一抹の不安は覚えましたが。今度は紹介者も直接知ってるわけではなく知り合いの友人と言う程度ではありましたが、電話を取ってくれる人がいるだけでもありがたい状態だったのでお願いすることになりました。

     一ヶ月目は大して重要なことも、複雑なことも頼まずひたすら郵送物の整理とかカードの書き込みくらいの単純作業のみやってもらったのでつつがなく過ぎました。外見はちょっとくたびれた感じの化粧気なしのおばさんでしたが、中畑君に比べれば、形と意味の会話がないだけまだましでした。働き始めてから2カ月目に入り、カードに書き込んであるお客さんに、自分で出発の案内と請求書を出すぐらいできるだろうと、「小畑さん、出発案内は今まで通りのやり方で、請求書は出発の1カ月前の日付までに入金と言うことにしておいてくれればいいから」と言うと「解ってます。今まで出発案内は何回も出しているから大丈夫」と言う頼もしい返事。こりゃ大丈夫かなと思って再チェックはしませんでした。

     数日後、事務所に直接お金を持ってきた人の領収書をつくってると、小畑さんに頼んだ人の領収書の控えがでてきました
    「小畑さん、あの2〜3日前に頼んだお客さんもうお金持ってきたの」

    小畑「いいえ、まだですよ、頼まれた請求書送っただけですが。」

    「だって小畑さん、領収書が発行してあるけどお金をもらったということなんでしょ。」

    小畑さん「請求書送っただけです。」

    「請求書ってここにあるのは領収書ですけど、請求書と領収書の両方を一度に発行したの。」

    小畑さん「いいえ、言われたとおりに請求書を送りましたよ。」

    「小畑さん、これ領収書ですよ。お金ももらってないのに領収書を送ったの?」

    小畑さん「違います、言われたとおり請求書を送ったんです。」

    「小畑さん、ちょっと聞きたいんだけど、領収書と請求書の違いって解るよね。お金をもらうときに送るのはまずどっち」

    小畑さん「エーと、今青木さんが持っているそれでしょ」

    青木さん「これはね、領収書です。お金をもらったときに引き替えに渡すものです。」

    小畑さん「ああ、そうでしたか」

     おい、おい、領収書と請求書の違いから一般常識を教えねばならないかとみんなクラークなりました。でもまだ猫の手よりは「そうでしたか」と言ってもらえるだけでもありがたいくらい忙しかったのです。

     別の日のことです。カウンターでお客さんと応対していました。事務所はFENを付けっぱなしにしてましたので、たまにノリのいいディスコミュージックがかかることもありました。

     東欧のビザの申請書をチェックしてるときです後ろで誰かが音楽に合わせて踊ってるのです、時たま「ふふん」と言う鼻歌も混じっています。後ろを振り向くと、あの小畑さんが白髪混じりの化粧気のない三つ編みの髪で踊ってるのです。

    「小畑さん、なにしてるの、自分の机に座っててくださいよ」

    「いえ、東欧のビザは初めてですから勉強になりますから、見てていいですか」
     お客さんはと言えば体が固まっていますし、視線は小畑さんを見ないように下を向いています。そりゃそうです、カウンターで旅行会社の人とビザの手続きをしてたら、係員の後ろから、突然鼻歌混じりの白髪のおばさんが現れ、こちらをじっとみながら音楽に合わせて踊り始めたとしたらびっくりしてしまいます。

    お客さんが帰った後、青木さん小畑さんに「あのね、私ねあんまりいろいろのこと気にしない方だけどね、今日はね常識って言葉使いたいわ。お客さんいるときに後ろに起たないでよそんなの常識でしょ」

    小畑さん「すみません、でも珍しいビザだったので、勉強になると思って。」

    青木「でも後ろで踊ることないじゃない、お客さんびっくりして帰っちゃったよ。」

    小畑「ああそうでしたか。」
     あのね、そりゃあ旅行の仕事は、外科と違って生きるの死ぬのの騒ぎはないですよ、デモだからと言って、空港で出発時間を1時間ぐらい間違えたり、集合場所を北と南間違えても結局間に合えばいいじゃないと言う考えでやられちゃーこまるんですよ。でもあんた、何回かは薬とか注射間違えてない。その都度、「ああそうでしたか」でかたずけてない?

     と言いたい位なんかよく解らない人でした。紹介者によればなに、友達だろ何とかしろよと言っても彼ももう逃げ腰です。「友達の知り合いだからほとんど赤の他人だよ、かたちとしてはまだだけど、そう言う意味だったらまだ悪い方じゃないと思うな。」
    「けっ、そうでしたか」

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